竹 萩原朔太郎 (「月に吠える」の「竹」別ヴァージョン+「竹」二篇初出形)
竹
竹は直角、
人のくびより根が生え、
根がうすくひろごり、
ほのかにけぶる。
――大正四年元旦――
[やぶちゃん注:『詩歌』第五巻第二号・大正四年二月号に掲載された。この雑誌には、後の詩集「月に吠える」初版(大正六(一九一七)年二月感情詩社・白日社出版部共刊)の巻頭にある「竹とその哀傷」に載る、知られた二篇の「竹」の初出形が一緒に掲載されている。以下に、人口に膾炙する「月に吠える」版ではなく、その『詩歌』第五巻第二号・大正四年二月号に載る初出形の二篇を示し、「月に吠える」版との異同を附言しておく。
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竹
ますぐなるもの地面に生え、
するどき靑きもの地面に生え、
凍れる冬をつらぬきて、
そのみどり葉光る朝の空路に、
なみだたれ、
なんだをたれ、
いまはや懺悔を終れる肩の上より、
けぶれる竹の根はひろごり、
するどき靑きもの地面に生え。
――淨罪詩篇――
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「月に吠える」では、
・「なんだをたれ」→「なみだをたれ」(「なんだ」は「なみだ」の音変化であって誤りでも特異な使用でもない。明治期の作品にはしばしば使用されている)
・「懺悔を終れる」→「纎悔をはれる」(格助詞の除去と平仮名化。漢字表記異体字違い)
・末尾「――淨罪詩篇――」→(なし)
となる。
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竹
新光あらはれ、
新光ひろごり。
光る地面に竹が生え、
靑竹が生え、
地下には竹の根が生え、
根がしだいにほそらみ、
根の先より纎毛が生え、
かすかにけぶる纎毛が生え、
かすかにふるゑ。
かたき地面に竹が生え、
地上にするどく竹が生え、
まつしぐらに竹が生え、
凍れる節節(ふしぶし)りんりんと、
靑空のもとに竹が生え、
竹、竹、竹が生え。
祈らば祈らば空に生え、
罪びとの肩に竹が生え。
――大正四年元旦――
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「月に吠える」では、
・第一連「新光あらはれ、/新光ひろごり。」→(なし。連ごと総て除去)
・「ふるゑ」→「ふるへ」(歴史的仮名遣としてならば、「ふるへ」が正しい)
・「節節(ふしぶし)]→「節節」(ルビが除去されている)
・第四連「祈らば祈らば空に生え、/罪びとの肩に竹が生え。」→(なし。連ごと総て除去)
・「――大正四年元旦――」→(なし)
となる。因みに、「月に吠える」ではこの二篇の直後に、無題の以下の詩が作者不詳の挿畫とともに配されてあるが、これは両方の多分にキリスト教的なキャプション及びやはり同じイメージの二篇目の第一連・第四連が除去された代わりの『罪びとの絶望の祈り』ように、私には強く感じられる。
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みよすべての罪はしるされたり、
されどすべては我にあらざりき、
まことにわれに現はれしは、
かげなき靑き炎の幻影のみ、
雪の上に消えさる哀傷の幽靈のみ、
ああかかる日のせつなる纎悔をも何かせむ、
すべては靑きほのほの幻影のみ。
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我々は以上に知られた「竹」のイメージ群の、公開された最初のプロトタイプを見る。]