沢庵宗彭「鎌倉巡禮記」 38
拜大鑑禪師淸拙和尚於建長寺禪居庵、
盤結乾坤作草廬 大唐日本一禪居
出無門矣入無戸 塔樣直看先劫初
[やぶちゃん注:以上を底本の訓点を参考にしながら、私なりに書き下しておく。
大鑑禪師淸拙和尚を建長寺禪居庵に拜す、
乾坤 盤結して 草廬を作る
大唐 日本 一禪居(ぜんご)
出づるに門無く 入るに戸無し
塔樣 直看して 劫初(こふしよ)に先んず
結句には底本では送り仮名がない。
「盤結乾坤作草廬」は「碧巌録」の「第四則 徳山挟複子」に基づくものと思われる。その本則の終盤に、
潙山云、此子、巳後向孤峰頂上盤結草庵、呵仏罵祖去在。
潙山(いざん)曰く、「此の子、巳後、孤峰頂上に向(お)いて草庵を盤結し、仏を呵(かつ)し、祖を罵り去らんぞ。」と。
「盤結」は蟠踞と同じで、本来は蛇がとぐろを巻いて蹲ること、しっかりと根を張って動かぬことを言う。「劫初」この世の初め。]
« 沢庵宗彭「鎌倉巡禮記」 37 | トップページ | 沢庵宗彭「鎌倉巡禮記」 38 ~ 沢庵宗彭「鎌倉巡禮記」完結 »

