ひろがる肉體 大手拓次
ひろがる肉體
わたしのこゑはほら貝(がひ)のやうにとほくひろがる。
わたしはじぶんの腹(はら)をおさへてどしどしとあるくと、
日光(につくわう)は緋のきれのやうにとびちり、
空氣(くうき)はあをい胎壁(たいへき)の息(いき)のやうに泡(あわ)をわきたたせる。
山(やま)や河(かは)や丘(をか)や野(の)や、すべてひとつのけものとなつてわたしにつきしたがふ。
わたしの足(あし)は土(つち)となつてひろがり
わたしのからだは香(にほひ)となつてひろがる。
いろいろの法規(はふき)は屑肉(くづにく)のやうにわたしのゑさとなる。
かくして、わたしはだんまりのほら貝(がひ)のうちにかくれる。
つんぼの月(つき)、めくらの月(つき)、
わたしはまだ滅(めつ)しつくさなかつた。
[やぶちゃん注:非常に珍しく題名の「肉體」及び、本文は「緋」を除いて総てにルビが振られている。寧ろ、「緋」は本文総ルビの脱落のようにしか思われない。]