栂尾明恵上人伝記 12 十六歳から十九歳 受戒 於戒壇院 / 十九の夢 二種
文治四年〔戊申〕十六歳にして落髮し、東大寺の戒壇院にして、具足戒を受け給ふ。
十九歳の時、夢に、梵僧來りて、明日、汝に理趣經(りしゆきやう)を授くべしと云ふと見て夢覺めぬ。さて翌日々中(よくじつにつちう)の行法(ぎやうはふ)に、壇の上に音有つて、理趣經を遙(はるか)に遠き方(かた)より、物を隔てゝ響き來たるやうにて讀み授く。初段(しよだん)の金剛手(こんごうしゆ)、若有聞此清淨出生(じやくゆうぶんしせいしゆつせい)句の下(しも)、經の終りを盡くす。其の音(こゑ)而(し)かも虛空(こくう)にして、遠近(ゑんきん)の程聞き定めざるが如し。出堂(しゆつだう)の後、是を記せんとする處に、經の讀み始め慥(たしか)に覺えず。仍(よつ)て筆を閣(お)き、若し大聖(だいしやう)の指授(しじゅ)たらば、重ねて示し給はんことを請ひ、纔(わづか)に目を塞ぎ給ふに、又聲有りて、前(さき)の如く分明に讀むことありき。
又或時、不動の法を修(しゆ)し給ふに、道場忽(たちまち)に華苑と成りて、種々の寶華彌布(みふ)せり。異香薰(くん)じて堂内に遍滿す。又現(げん)に種々の寶網(ほうまう)・寶鈴(ほうれい)・寶幢(ほうとう)・幡蓋(ばんがい)を以て道場を莊嚴(しやうごん)す。上人其の中に有りて此の法を修するに、寶鈴右に旋(めぐ)つて其身(そのみ)を遶(めぐ)る。又三十餘人の梵僧行列して、身に法服(はふふく)を着(ちやく)し、手に香爐を執つて、歌讃稱揚(かさんしやうよう)す。此の如きの奇瑞勝(あげ)て計(かぞ)ふべからず。然れども只(たゞ)屎頭(したう)を見るが如し。いしゝと思ふこともなく、殊勝と思ふこともなし。たゞ鵄舞鴉形(しぶあけい)も同事なり。汝ども、かやうの事をばつれて見るとも、さ思へとぞ教へ給ひける。
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