よれからむ帆 大手拓次
よれからむ帆
ひとつは黄色い帆、
ひとつは赤い帆、
もうひとつはあをい帆だ。
その三つの帆はならんで、よれあひながら沖(おき)あひさしてすすむ。
それはとほく海のうへをゆくやうであるが、
じつはだんだん空のなかへまきあがつてゆくのだ。
うみ鳥(どり)のけたたましいさけびがそのあひだをとぶ。
これらの帆(ほ)ぬのは、
人間の皮をはいでこしらへたものだから、
どうしても、内側(うちがは)へまきこんできて、
おひての風を布(ぬの)いつぱいにはらまないのだ。
よれからむ生皮(いきがは)の帆布(ほぬの)は翕然(きふぜん)としてひとつの怪像となる。
[やぶちゃん注:四行目の「沖(おき)あひさしてすすむ」の部分、底本は「沖(おき)あひさしですすむ」でと格助詞が「て」ではなく、「で」の濁音ある(印字の汚れではなく、確かな植字「で」である)。「沖合指し」という特異な名詞形もあり得ない訳ではないが、ここは創元文庫版「大手拓次詩集」の表記を採用した。
「翕然」「翕(キュウ)」は聚(あつ)まるの意で、多くのものが一つに合う、一致する、集まるさま。]