フォト

カテゴリー

The Picture of Dorian Gray

  • Sans Souci
    畢竟惨めなる自身の肖像

Alice's Adventures in Wonderland

  • ふぅむ♡
    僕の三女アリスのアルバム

忘れ得ぬ人々:写真版

  • 縄文の母子像 後影
    ブログ・カテゴリの「忘れ得ぬ人々」の写真版

Exlibris Puer Eternus

  • 20250201_082049
    僕が立ち止まって振り向いた君のArt

SCULPTING IN TIME

  • 熊野波速玉大社牛王符
    写真帖とコレクションから

Pierre Bonnard Histoires Naturelles

  • 樹々の一家   Une famille d'arbres
    Jules Renard “Histoires Naturelles”の Pierre Bonnard に拠る全挿絵 岸田国士訳本文は以下 http://yab.o.oo7.jp/haku.html

僕の視線の中のCaspar David Friedrich

  • 海辺の月の出(部分)
    1996年ドイツにて撮影

シリエトク日記写真版

  • 地の涯の岬
    2010年8月1日~5日の知床旅情(2010年8月8日~16日のブログ「シリエトク日記」他全18篇を参照されたい)

氷國絶佳瀧篇

  • Gullfoss
    2008年8月9日~18日のアイスランド瀧紀行(2008年8月19日~21日のブログ「氷國絶佳」全11篇を参照されたい)

Air de Tasmania

  • タスマニアの幸せなコバヤシチヨジ
    2007年12月23~30日 タスマニアにて (2008年1月1日及び2日のブログ「タスマニア紀行」全8篇を参照されたい)

僕の見た三丁目の夕日

  • blog-2007-7-29
    遠き日の僕の絵日記から

サイト増設コンテンツ及びブログ掲載の特異点テクスト等一覧(2008年1月以降)

無料ブログはココログ

« 北條九代記 千葉介阿靜房安念を召捕る 付 謀叛人白状 竝 和田義盛叛逆滅亡 〈和田合戦Ⅱ 朝比奈義秀の奮戦〉 | トップページ | ふくろふの笛 大手拓次 »

2013/04/04

一言芳談 一三三

   一三三

 

 又云、往生は、決定と思へば、定めて生(むま)る。不定とおもへば不定なり。

 

〇決定と思へば、何の仔細もなく、此度決定往生とおもひつめて申すべし。そのつよき心にて往生は手に取るがごとし。

 

[やぶちゃん注:「生(むま)る」の読みはⅡ・Ⅲに拠った。「往生は」以下の法然の法語はⅡの大橋氏注に、「法然上人行状絵図」の第二十一、「閑亭後世物語」の巻下、「東宗要」の巻四にも見える、とある。「閑亭後世物語」は「一一七」で既に注したが、二巻からなり、まさに「一三二」で注した、多念義を主張した浄土宗長楽寺流流祖隆寛の語録である。しかし、何よりも人口に膾炙する「徒然草」に引用されている点であろう。以下、第三十九段を引く 

(底本は昭和二七(一九五二)年角川書店刊今泉忠義訳注「徒然草」本文に拠った)。 

 

 或人、法然上人に、「念佛の時、睡(ねぶり)にをかされて行をおこたり侍ること、いかがして、このさはりをやめ侍らむ」と申しければ、「目の醒めたらむ程念佛し給へ」と答へられたりける、いと尊かりけり。また、「往生は一定(いちぢやう)と思へば一定、不定(ふぢやう)と思へば不定なり」といはれけり。これも尊し。また、「疑ひながらも念佛すれば往生す」ともいはれけり。これもまた尊し。 

 

「をかされて」「をかす」は「犯す」「侵す」で、害する、妨げるの意、「目の醒めたらむ程」「む」は婉曲、「程」は限定を示す形式名詞で、目が醒めている時だけ、の意。「疑ひながらも念佛すれば往生す」とは、これまでの「一言芳談」の叙述から見ると、一見、やや不審な気もするが、考えて見れば――救い難き煩悩の凡夫は、心から純粋に疑いなく念仏申すべきこと、これ候はず――と私などは思うによって、嫌いな兼好と珍しくも同じく、「また尊し」と思うのである。しかして本条の標注を見れば「つよき心」と言うが、心の在り方が純粋に「何の仔細もなく、此度決定往生とおもひつめ」たる状態であるならば、それを厳密には「つよき心」と表現する必要はないのである。他力を完全なる『真』命題としている心の状態にあっては、それは既にして「つよき心」と呼ぶ必要はない。そこに宿命の凡夫としての一抹の『偽』の疑いの翳が潜んでいながら、それでも、他力を信じようという「つよき心」がある場合にこそ、「つよき心」とは言うのである。さればこそ「疑ひながらも」「つよき心にて」「決定と思」ひて「念佛すれば」「定めて生る」、「往生す」と法然は語るのではないか?]

 

« 北條九代記 千葉介阿靜房安念を召捕る 付 謀叛人白状 竝 和田義盛叛逆滅亡 〈和田合戦Ⅱ 朝比奈義秀の奮戦〉 | トップページ | ふくろふの笛 大手拓次 »