沢庵宗彭「鎌倉巡禮記」 32
入巨福山建長寺、拜開山大覺禪師於西來院、
經曰照于東方萬八千土云々、
不覺從前大覺尊 照東方土破群昏
篙師得力西來意 下載淸風月一痕
[やぶちゃん注:底本では題は改行せず一続きである。以上を底本の訓点を参考にしながら、私なりに書き下しておく。
巨福山(こふくさん)建長寺に入りて、
開山大覺禪師を西來院に拜す、
經に曰く東方萬八千土を照らすと云々、
不覺(ふかく) 從前(しようぜん) 大覺尊(だいがくそん)
東方土を照らし 群昏(ぐんこん)を破る
篙師(かうし) 力を得(う) 西來の意
下載(あさい)の淸風 月一痕
「篙師」の「篙」は舟の棹(さお)で、船頭、水夫の意。蘭渓道隆大覚禅師の渡日と、仏国土への引導の意を掛けるか。
「下載の淸風」これは「碧巌録」に載る禅語、
如今放擲西湖裏 下載淸風付與誰
如今(じよこん)に放擲す 西湖の裏(うち) 下載(あさい)の淸風 誰(たれ)にか付與せん
に基づく。「安延山承福禅寺」公式サイトにある『今月の禅語 朝日カルチャー「禅語教室」より』の「下載清風」によれば、ロケーションは無論、杭州西湖。景勝西湖は水上輸送の要衝でもあったとされ、
《引用開始》
たくさんの荷を積んだ船の船足は重く、ようやく船着き場にたどり着き、せかされるように休む間もなく荷をおろしにかかり、今やっと陸揚げを終えてた。一切の厄介なものを放擲してしまったようにすっきりした気分である。気がつくと西湖の船着き場には川風が吹き抜けてすがすがしい。任務は終わって、さぁあとは川の流れに任せ、帆をいっぱいに広げて下載(あさい)の清風にまかせて銭塘江を快適に下るだけだ。
このすがすがしい解放感は何とも言いようがない。何の束縛もないこの爽快さ、湧き上がる喜びを誰に伝え、誰と分かち合おうか。
だが、これだけは誰にも分け与えられるものではない。苦しみ喘ぎ、汗を流してきたものだけが味わうことができる喜びなのだ。
因みに昔、中国では東南の風を上載といい、西北の風を下載といわれたと聞くが、また、荷物を積んで銭塘江を上がるを上載といい、荷物を下して江を下るを下載ともいわれるのだともいう。いづれにせよ荷を積み流れに逆らって船を走らせる苦労があればこそ、清風を受けて快適に下る心地よさがあるのだ。
徳川家康の格言として知られる「人の一生は重荷を負うて 遠き道を行くがごとし」のように人は皆いろいろなことを背負って生きていることである。
しかし、そんな俗界のしがらみも、迷いも囚われもすべて放擲してしまったときにこそ新しい人生、別天地が開けてくるらしいのだというのが、「下載の清風」の語の意図である。ところが、自らもそうだが、人様には無駄なもの余計なものは捨てなさいと言いながら、また拾って歩く自らがある。
修行して悟りを得れば悟りにとらわれて、後生大事に持ち歩く御仁もおられる。下載の清風を感じられる人生でありたいものである。
《引用終了》
と、丁寧な解がなされてある。]

