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2013/04/09

沢庵宗彭「鎌倉巡禮記」 19

 開山香拜をとげ、みづからの先師大應國師の塔天源庵に入ぬる道すがらよのつねならず。そのむかし我山の開山祖朝參暮請して此道をゆきかひし給ふ事、しらぬむかしを今見るやうに覺えてあはれなり。爰は雲關のあとゝて、石にきりつけたる柱の跡あり。透過雲關無舊路と頌せられし我祖の句裏の雲關を過て普光の塔に入、香をたいて慈顏を仰拜す。

[やぶちゃん注:「大應國師」南浦紹明。既注。

「天源庵」方丈から左に折れる道を進み、谷戸の右手(北方)を入ったところにある塔頭。南浦紹明はここで七十五歳で示寂した。

「我山の開山祖」沢庵が住持であった大徳寺の開祖大燈国師宗峰妙超(弘安五(一二八二) 年~延元二・建武四(一三三八)年)は南浦紹明の直弟子で徳治二(一三〇七)年、二十六歳の時、師から印可を得ている。

・「雲關のあととゝて……」「雲關」の本義は雲のかかるほどに高い所にある関所の謂いであるが、この場合、「關」は、禅の悟りの関所であり、修行道場・座禅窟の謂いであろう。「新編鎌倉志卷之三」の建長寺の「天源庵」の項には、

天源菴 大應國師、諱は紹明、號南浦(南浦と號す)。嗣法虛堂(虛堂に嗣法す)。駿州の人、當山十三世、延慶元年十二月廿九日に示寂、世壽七十三。【四會の録】あり。堂の額、普光とあり。後宇多帝の宸筆なり。堂に南浦の像あり。經藏には、一切經あり。門に雲關と額あり。大燈和尚投機の所なり。透過雲關無舊路(雲關を透過して舊路無し)と頌せしは此の所なり。

とある。「普光の塔」とは南浦の像のある堂のことである。]

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