沢庵宗彭「鎌倉巡禮記」 26
おふぎの谷におりゐてみれば、あふぎがたにほりたる石の井あり。名水とはいへども夏とてもむすびつべうも覺えず。山のかたにもみぢ色よくそめてつまくれなゐのあふきがやつとぞ見し、
ゆふかほのしろきあふきのやつなれや つまこかしたるやまのもみち葉
[やぶちゃん注:「おふぎの谷」扇ヶ谷(おおぎがやつ)。
「あふぎがたにほりたる石の井」扇ヶ谷の飯盛山の麓の個人の敷地内(本田邸)にある鎌倉十井の一つ。扇の井。「鎌倉事典」によれば、『井戸は底まで、開扇状に掘り貫かれ、十井の中でも凝った珍しいものといえる。名の由来は、井戸形が開扇状であるためとか、この谷戸が「扇ケ谷」とよばれるため、あるいは源義経の妾静御前が舞扇を納めたためなどといわれている。昔は「亀ケ谷坂」を越えてきた旅人たちの大切な飲み水であったという。「扇ノ井」の銘のある板碑も本田家に伝わる』とある。しかし、沢庵が訪れた際には、すでに水質が低下していたようである。
「ゆふかほのしろきあふきのやつなれや つまこかしたるやまのもみち葉」の上句は「源氏物語」の「夕顔」の冒頭で、夕顔の咲く家の女に興味を持った源氏が、見知らぬ夕顔の花にことよせて、惟光に花を摘らせに行かせた折り、女童(めのわらわ)が、
白き扇のいたうこがしたるを、「これに置きて参らせよ。枝も情けなげなめる花を」とて取らせたれば、
(白い扇で、たいそうよき香を薫きしめたのをさし出だし、「これに載せてその御方に奉って下さいまし。はかない花は勿論のこと枝振りも、如何にも風情のなさそうな花ですもの。」
と言って惟光にとらせたので、)
というシーンをインスパイアした和歌である。]
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