曼陀羅を食ふ縞馬 大手拓次
曼陀羅を食ふ縞馬
ゆきがふる ゆきがふる。
しろい雪がふる。
あをい雪がふる。
ひづめのおとがする、
樹をたたく啄木鳥(きつつき)のやうなおとがする。
天馬のやうにひらりとおりたつたのは
茶と金(きん)との縞馬である。
若草のやうにこころよく その鼻と耳とはそよいでゐる。
封じられた五音(いん)の丘(をか)にのぼり、
こゑもなく 空(くう)をかめば、
未知の曼陀羅はくづれ落ちようとする。
おそろしい縞馬め!
わたしの舌から、わたしの胸からは鬼火(あをび)がもえる。
ゆきがふる ゆきがふる。
赤(あか)と紫(むらさき)とのまだらの雪がふる。
[やぶちゃん注:「五音」は狭義には中国・日本の音楽の理論用語で音階や旋法の基本となる五つの音を指す。各音は低い方から順に宮・商・角・徴(ち)・羽と呼ばれ、基本型としては洋楽のドレミソラと同様の音程関係になる。「ごおん」とも読む。但し、広義には広く音声の調子・音色の意としても用いられる。ここで拓次は架空の、例えば古代ケルトの遺跡のようなイメージを飛ばして、神聖不可侵の楽の音(ね)の封じ込まれた丘を想起しているように思われる。]