麥 萩原朔太郎 (初出形+習作草稿)
麥
夢みるひと
麥(むぎ)はさ靑(あほ)に延(の)び行(ゆ)けり
遠(とほ)き畑(はたけ)の田作(たづく)りの
白(しろ)き襦袢(じゆばん)にゑんゑんと
眞晝(まひる)の光(ひかり)ふりそそぐ
九月(ぐわつ)はじめの旅立(たびだ)ちに
汽車(きしや)の窓(まど)より眺(なが)むれば
麥(むぎ)の靑(あほ)きに驚(おどろ)きて
疲(つか)れし心(こゝろ)が泣(な)き出(だ)せり
[やぶちゃん注:大正二(一九一三)年十一月十七日附『上毛新聞』に前の「雨の降る日」とともに掲載された。「靑(あほ)」(二ヶ所)「ゑんゑん」はママ(新聞の総ルビは作者の意図せざるものである)。なお、この詩は底本第二巻に所収する「習作集(哀憐詩篇ノート)」(「習作集第八巻」「習作集第九巻」と題されて残された自筆ノート分)の「習作集第八巻(一九一四、四)」に以下の詩形とクレジットで所収している。
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麥
麥はさ靑に延び行けり
遠き畑の田つくりの
白き繻絆にえんえん
眞晝の光ふりそゝぐ
九月はじめの旅立ちに
汽車の窓より眺むれば
麥の靑きに驚きて
つかれし心が泣き出せり
(一九一三、八)
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「繻絆」はママ。]