時計を見る狂人 萩原朔太郎 (「宿命」版)
時計を見る狂人
或る瘋癲病院の部屋の中で、終日椅子の上に坐り、爲すこともなく、毎日時計の指針を凝視して居る男が居た。おそらく世界中で、最も退屈な、「時」を持て餘して居る人間が此處に居る、と私は思つた。ところが反對であり、院長は次のやうに話してくれた。この不幸な人は、人生を不斷の活動と考へて居るのです。それで一瞬の生も無駄にせず、貴重な時間を浪費すまいと考へ、ああして毎日、時計をみつめて居るのです。何か話しかけてご覽なさい。屹度腹立たしげに呶鳴るでせう。「默れ! いま貴重な一秒時が過ぎ去つて行く。Time is life! Time is life!」と。
[やぶちゃん注:詩集「宿命」(昭和一四(一九二九)年創元社刊)版。朗読時のし易さ、それを聴く耳触りの良さ、更には詩想の分かり易さから言えば、こちらであろうが、私には粉飾のない(特に芝居がかった狂人の末尾英語など)初出の方が戦慄的である。]

