栂尾明恵上人伝記 10 十三歳 「今は早十三に成りぬ、既に年老いたり、死なんこと近づきぬらん」――自殺未遂――
李賀は「二十心已朽」――二十(はたち)にして、心、已に朽ちたり――と言ったが――明恵は満十二歳の時に――「既に年老いた……死ぬべき時が近づいてきた……」と思って驚くべき方法で自殺を決行する……のだが……
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十三歳の時、心に思はく、今は早十三に成りぬ、既に年老いたり、死なんこと近づきぬらん、老少不定(らうしやうふぢやう)の習ひに、今まで生きたるこそ不思議なれ、古人も學道は火を鑽(き)るが如くなれとこそ云ふに、悠々として過ぐべきに非ずと、自ら鞭を打ちて、晝夜不退(ちうやふたい)に道行(だうぎやう)を勵ます。或時は後(うしろ)の山の木のうつろに、木(こ)の葉深く積れる上に常に行きて坐し、或時は見解(けんげ)おこるやう、かゝる五蘊(ごうん)の身のあればこそ、若干の煩ひ苦しみもあれ、歸寂(きじやく)したらんには如かずと思ひて、何(いか)なる狗狼(くらう)野干(やかん)にも食はれんと思ひ、三昧原(さんまいはら)へ行つて臥したるに、夜深(よふ)けて犬共多く來て、傍(そば)なる死人(しにん)なんどを食(く)ふ音してからめけども、我をば能々(よくよく)嗅(か)ぎて見て、食ひもせずして、犬共歸りぬ。恐ろしさは限りなし。此の樣を見るに、さては何(いか)に身を捨てんと思ふとも、定業(じやうごふ)ならずば死すまじきことにてありけりと知つて、其の後は思ひ止りぬ。又おとなしく成りて後(のち)、此の事を思ふに、其の時の見解(けんげ)にて死にたらましかば、淺猿(あさま)き事にて有りなまし、はかなかりけることかなとて、自らわらひ給ひけり。
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