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2013/04/04

耳嚢 巻之六 黑鯉の事

 黑鯉の事

 

 黑鯉は流沙川(りゆうさがは)の産にて、文化元子年長崎より獻備(けんび)なし、數二つの内、一つは路中にて斃(たふ)れぬ。其活魚(かつぎよ)を見し御醫師の持來るを、爰に記しぬ。

Kurogoi

 

□やぶちゃん注

○前項連関:なし。珍しい、外国産の珍魚の図入り奇談である。博物学的には極めて興味深いが、情報が少な過ぎるのが玉に疵。もう少し、細部の描写が欲しかった。

・「黑鯉」(「くろごひ(くろごひ)」ではなく、「こくり」と音読みしている可能性があるので読みを振らなかった。訳では大陸伝来の雰囲気を出すために「こくり」とした)まず、名称と図から言うと、体表面の背側半身が黒色を呈していることと、その全体の形状が鯉に似ているのであろうと推測する(恐らく、この「黑鯉」という名称自体が中国から提供された時点でついていた名前であろうと考えられ、恐らく新鮮な生体でしっかり黒色であったと考えてよいであろう。即ち、途中で黒く変色したものではまずないと考えてよいと思われる)正確な描写であるかどうかが疑わしいが、頭部の形状が極めて特異である。上辺が背に対してほぼ平行しており、吻部が特徴的に独立して突き出していて、これは凡そコイ科のそれには見えない。寧ろハゼの類に似ているように思われる。但し、これは長途の移動(中国から長崎を経て江戸)で弱って病的な変形が起こったものとも思われる。今一つ特徴的なのは鰭である。尾鰭の中央が貫入せず、まさにハゼ類のようにすっぱりとなっている。但し、図を良く見ると、尾鰭下方の部分は、何か不自然に千切れたように描かれており、これも運搬で疲弊し尾鰭の上下に後ろに伸びていた部分が傷んで脱落したものとも考え得る。また、背びれがかなり丸みを帯びて描かれていることや、胸鰭もやや大きいことなどを指摘出来る(但しこれも、損壊の可能性を否定は出来ない)。さらに推理するならば、この二個体、これ、非常に巨大な個体であったのではあるまいか? そもそもが普通の大きさで黒っぽい鯉に似た魚では、献上品としてのインパクトに欠ける。これが献上品であるためには、本邦の鯉を遙かに越える巨大魚である必要があるように思われるのである。諸本注せず、「黒鯉」はネット検索にも掛かって来ない。以下、同定は次の「流沙川」の注で続ける。

・「流沙川」岩波版長谷川氏注に、流沙は『中国北西部ゴビ砂漠、タクラマカン砂漠をいう』とある。これではあまりに広範囲で、まず棲息河川自体の同定が不可能である。しかし、そもそもが砂漠地帯のど真ん中であるはずもなく、すると大きな両砂漠に繋がるような河川で、尚且つ、日本にそこで獲れた魚類を運び持ち来たることの出来る川となれば、これは黄河しかあるまい。

 以下、この「黑鯉」の確かな特徴を整理しよう。

 ①巨大魚である(推定)。

 ②コイに似ている。

 ③背部半身の体表が優位に黒色を呈する。

 ④尾鰭がコイに似ない(損壊の可能性有り)。

 ⑤背鰭が丸みを帯びている(損壊の可能性有り)。

 ⑥頭部が特徴的である(病変による眼球や吻部突出の可能性有り)。

 ⑦本個体の採集地は黄河である可能性が高い。

この内、④を除いた(私は図のそれを欠損と採る。魚類の尾鰭はしばしばそうしたストレスによって欠損するからである)各項より導き出される有力な同定候補は――

条鰭綱骨鰾上目コイ目コイ科アブラミス亜科コクレン属コクレン Aristichthys nobilis(シノニム Hypophthalmichthys nobilis

であろうように私には思われる。

 コクレン(黒鰱)は参照したウィキの「コクレン」によれば、同じアブラミス亜科ハクレン属ハクレン Hypophthalmichthys molitrix と同じ鰱魚(れんぎょ:ハクレンとコクレンの二種を合わせた名称。)で中国原産の四大家魚(*)の一種である。

(*)「四大家魚」とは中国で食性の異なる、

 コイ科ソウギョ亜科アオウオ属アオウオ Mylopharyngodon piceus

 コイ科ソウギョ亜科ソウギョ属ソウギョ Ctenopharyngodon idellus

 コイ科アブラミス亜科コクレン属コクレン Aristichthys nobilis

 コイ科アブラミス亜科ハクレン属ハクレン Hypophthalmichthys molitrix

の四種類の魚類を指す。この四種を同一の池で飼育することで、自然界の食物連鎖を効率よく利用出来る養魚システムを構築することが出来る。これは古来から中国で伝承されてきた養魚法であった(この部分注はウィキ四大家魚」などに拠った)。

コクレンは『中国では華南を中心に一般的な淡水魚であり、主に珠江水系と長江水系に棲息する。黄河以北にも棲息するが、その数は少ない』(この棲息分布は私の採集地を黄河とする考えとはややマッチしないとは言える)。『ハクレンよりも養殖効率、味ともに良いとされ、台湾でレンギョというともっぱらこの本種のことを指す。東南アジアなどにも移出されて、養殖されたり、自然の河川で繁殖したりしている』。『ハクレンによく似るが、体色がハクレンは銀白色なのに対し、コクレンは体色に黒みがあり、全身に黒い雲状の斑紋が広がっている。腹の部分の隆起縁が腹鰭の位置よりも後の方に有る。ハクレンよりも成長が早く大型に成長する。体長は体高の』三・一~三・五倍、頭長の二・九~三・四倍『と相対的に頭が大きい』(記載には体長の具体が示されないが、同じウィキの、『よく似る』とするハクレン」に最大で一三〇センチメートル以上にもなる大型魚とあるから、やはりこの「黑鯉」大型個体と見たのは正しかったと言えまいか?)。『日本へは、アオウオと同様にハクレンとソウギョを輸入した際に混じってきたと考えられている。日本では利根川水系、江戸川水系、霞ヶ浦、北浦で自然繁殖が確認されているが、その生息数は極めて少なく、「幻の魚」とも言われる。淀川にも放流されている』とある(移入の時期が特定されていると本話を考える上で嬉しいのだが……。識者の御教授を乞う)。

 また⑥については、写真などを見ると気づかないのであるが、荒俣宏著「世界大博物図鑑2 魚類」(平凡社一九八九年刊)の「中国の四大家魚」一二六頁にある「中国鯉科魚類誌」(たたら書房一九八〇年刊)のこの四種の図を見ると、アオウオ・コクレン・ハクレンの頭部の吻部上辺は有意に平たく突き出るようになっているのが確認出来、本「耳嚢」の図(やや誇張されているが)が必ずしもおかしくないことが分かった。

 以上から私は「黑鯉」=コクレン Aristichthys nobilis に同定する。大方の御批判を俟つ。

・「文化元子年」「卷之六」の執筆推定下限は文化元(一八〇四)年七月。

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 黒鯉(こくり)の事

 

 黒鯉(こくり)は中国奥地の砂漠から流れ出づる河川の産にして、文化元年子年(ねどし)の今年初め、長崎より献上品となして江戸へ送られ、その数二尾(び)の内、一尾は道中にて斃死致いたが、そのもう一匹の生きた黒鯉(こくり)、これを実見致いた御殿医が、それを描いた絵図を持参致いたによって、ここに移し写しておく。

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