沢庵宗彭「鎌倉巡禮記」 27
花のやつにて、
さそなむかしさきけむ春の花のやつ あとの名まても猶匂ふかな
[やぶちゃん注:「花のやつ」「新編鎌倉志卷七」に、
〇花谷〔附慈恩寺の舊跡〕 花谷(はながやつ)は、佐竹屋敷の東方にあり。此の谷(やつ)に、慈恩寺と云ふ寺あり。足利直冬(あしかがただふゆ)の菩提寺(てら)なり。直冬を慈思寺玉溪道昭と號す。嘉慶元年七月二日に卒す。開山は桂堂聞公なり。京五山の名僧、詩を題して此の所の風景を稱美す。其詩を板に彫て、今圓覺寺傳宗菴にあり。其詩如左(左のごとし)。[やぶちゃん注:以下略。]
とある。「佐竹屋敷」とは頼朝時代の有力御家人佐竹秀義の屋敷と伝えるもので、現在の大町にある大宝寺(文安元(一四四四)年創建)の境内が同定されており、その境内には、佐竹氏の守護神社であった多福明神社(大多福稲荷大明神)がある。その佐竹屋敷跡と伝える場所の東の谷戸が花ケ谷である。この廃絶した慈恩寺(詳細はリンク先を参照)境内には数百首の草花が植えられていて、多くの人々がこれを称覧したことに由来する呼称と伝えられている。]

