雨の降る日 萩原朔太郎
雨の降る日
(兄のうたえる)
雨(あめ)の降(ふ)る日(ひ)の椽側(えんばた)に
わが弟(おとゝ)はめんこ打(う)つ
めんこの繪具(ゑのぐ)うす靑(あほ)く
いつもにじめる指(ゆび)のさき
兄(あに)も哀(かな)しくなりにけり
雨(あめ)の降(ふ)る日(ひ)のつれづれに
客間(きやくま)の隅(すみ)でひそひそと
わが妹(いもと)のひとり言(ごと)
なにが悲(かな)しく羽根(はね)ぶとん
力(ちから)いつぱい抱(だ)きしめる
兄(あに)も泣(な)きたくなりにけり
[やぶちゃん注:大正二(一九一三)年十一月十七日附『上毛新聞』に「夢見る人」のペンネームで次に紹介する「麥」とともに掲載された。「靑(あほ)く」「うたえる」はママ。「習作集第八卷(愛憐詩篇ノート)」に以下の草稿がある。
*
雨の降る日
(兄のうたへるうた)
雨の降る日の椽ばたに
わが弟はめんこ打つ
めんこの繪具うす靑く
いつもにじめる指のさき
兄も泣きたく哀しくなりにけり
雨の降る日のつれづれに
客間のすみでひそひそと
わが妹のひとりごと
なにが悲しく羽根ぶとん
力いつぱい抱きしめる
兄も泣きたくなりにけり
(一九一三、五、二十〇)
*]
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