○實朝公右大臣に任ず 付 拜賀 竝 禪師公曉實朝を討つ 〈第2パート〉 附やぶちゃん注
○實朝公右大臣に任ず 付 拜賀 竝 禪師公曉實朝を討つ〈第2パート〉
既に宮寺(きうじ)の樓門に入り給ふ時に當りて、右京〔の〕大夫義時、俄に心神違例(ゐれい)して、御劍をば仲章朝臣(なかあきらのあそん)に讓りて退出せらる。右大臣實朝公、小野(をのゝ)御亭より、宮前(きうぜん)に參向(さんかう)し給ふ。夜陰に及びて、神拜の事終り、伶人(れいじん)、樂(がく)を奏し、祝部(はふり)、鈴を振(ふり)て神慮をいさめ奉る。
〈第2パート注〉
[やぶちゃん注:「宮寺の樓門」これによって当時の鶴岡八幡宮寺の入り口には二階建ての門があったことが分かる。
「右大臣實朝公、小野御亭より、宮前に參向し給ふ」不審。実朝は無論、御所から拝賀の式に向かったはずである。ここは思うに「吾妻鏡」の筆者の誤読であるように思われる。「吾妻鏡」の行列の列序の詳細記載の後には、
令入宮寺樓門御之時。右京兆俄有心神御違例事。讓御劔於仲章朝臣。退去給。於神宮寺。御解脱之後。令歸小町御亭給。及夜陰。神拜事終。
宮寺の樓門に入らしめ御(たま)ふの時、右京兆、俄かに心神に御違例の事有り。御劔を仲章朝臣に讓り、退去し給ふ。神宮寺に於て、御解脱の後、小町の御亭へ歸らしめ給ふ。
とあり、
拝賀の行列が鶴岡八幡宮寺楼門に御参入なされたその直後、前駈しんがりを勤めていた右京兆義時殿が俄かに御気分が悪くなるという変事が出来(しゅったい)した。そこで急遽、御剣持を前方の一団である殿上人のしんがりを勤めていた文章博士源仲章朝臣に譲って、退去なさり、神宮寺門前に於いて直ちに行列から離脱された後、そのまま小町大路にある御自宅にお帰った。
とあるのを、文字列を読み違えた上に、「小町」を「小野」と誤読したのではあるまいか? 識者の御教授を乞うものである(増淵氏の訳では特に注がない)。
「伶人」雅楽を奏する官人。楽人(がくにん)。
「祝部」禰宜の下に位置する下級神職。「はふり」は「穢れを放(はふ)る」の意ともするが語源未詳。
「神慮をいさめ奉る」この「いさむ」は、忠告するの意で、実朝卿に右大臣の拝賀に際しての心構えや禁制などの神の思し召しをお伝え申し上げた、という意。]
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