明恵上人夢記 15
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一、二月十日の夜、夢に云はく、此の郡(こほり)の諸人、皆、馬に乘りて猥雜す。糸野の護持僧と云ふ人二人、馬より墮ち、倒れ墮ち了んぬ。餘人もおちなむずと思ひて見れども、只、護持僧二人許り墮ちて、餘は墮ちず。心に思はく、護持僧の墮つるは不吉の事かと思ふ。然りといへども、餘人は墮ちず。糸野の御前、上人の御房の居給ふを瞻(み)る。上人の御房等も大路におはしますと見る。
已上、未だ此の事を聞かざる以前の夢想也。
[やぶちゃん注:この夢、後半部分が分かりにくい。識者の御教授を乞うものである。この後にある「已上、未だ此の事を聞かざる以前の夢想也」という補記は、この「15」よりも前の(特に「14」の)もの総てに係る注であることに着目せねばならない。但し、次の「16」の冒頭にも「此の事を聞きて後、此の郡の諸人を不便に思ふ」とあって、実は「此の事」とは明恵が後に心から「此の郡の諸人を不便に思ふ」ような具体的な、ある事実を指していることが判明する。従って、以下の私の訳はその文脈では間違っているものと思われるが、残念ながら私にはその「此の事」というのが如何なる事件事故出来事であるかが不分明である。従って現代語訳は、そうしたごまかしを私が敢えてなしたものであることをご理解頂きたい。
「二月十 日」は底本のママ。現代語訳では詰めたが、記載時に日を失念していた明恵が、後日の記載を期してわざと空けておいたものかも知れない。
「糸野の御前」底本の注には、『明恵の母の兄弟である糸野の豪族湯浅宗光の妻か。春日大明神の神託を受け、明恵に渡天を止まらせた人』とある。]
「糸野の御前」底本の注には、『明恵の母の兄弟である糸野の豪族湯浅宗光の妻か。春日大明神の神託を受け、明恵に渡天を止まらせた人』とある。]
■やぶちゃん現代語訳
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一、二月十日の夜、こんな夢を見た。
「この有田郡(こほり)のお歴々の方々が、皆、馬に乗って、何やらん、ざわめいているのである。
糸野の護持僧であると称する人が二人、馬より墮ちて、倒れ、地べたに転落してしまった。
私は少し離れたところから見ていたのだが、その他の人々のことも、
『ああっ! あれでは落ちてしまう!』
と思いながら眺めていたのだが、ただ、その護持僧と称した二人だけが墮ちただけで、他の方々は馬から墮ちなかったのである。
夢の中の私の心には、
『護持僧が落馬して墮ちるとは、これ、何か、不吉の謂いであろうか。』
という思いが強く起こった。
そうは言っても、おかしいのだ。……
何故なら、他の人々は落馬し墮ちることはなかったからである。……
――その後、場面が変わって――
糸野の御前、そして、我らの師文覚上人様が、そこに居なさるのを確かに見たのであった。
糸野御前や上人様がいらっしゃる場所は――先とは違って――京の大路を歩いていらっしゃる、という映像を見たのである。
〈明恵注〉
以上の夢の数々は、未だ、その実際の事実関係について、それが起こる、それを知る以前の――一切の事実について私はまだ聞いてはいなかった時点での――夢想であったことを、ここに明記しておきたい。

