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2013/05/27

耳嚢 巻之七 婦人に執着して怪我をせし事

 婦人に執着して怪我をせし事

 

 下谷邊の醫師の由、色情深き生質(きしつ)にや、或時、洗湯(せんたう)濟(すみ)て晝前の事のよし、二階に上(あが)り、裸にて風抔入(いれ)ける。隣は女湯にて、入湯の者少(すくな)く、小奇麗(こぎれい)成(なる)女壹人湯桶をひかへ、人も見ざれば、陰門をあらはし洗ひ居たりしを、彼(かの)醫ちらと見て、二階のひさし續(つづき)の女湯故、引窓(ひきまど)のふちへ手を掛(かけ)、片手は糸に懸(かけ)る竹に取(とり)つき眺居(ながめをり)しに、みへ兼ける故兩手共引糸(ひきいと)を懸る竹へ取つき候と、右竹折(をれ)てまつさかさまに女湯の方へ落(おち)ける故、彼(かの)女は驚(おどろき)て氣を失ひ、醫師も高き所より落ける故、湯桶にて頸をうちて是(これ)又氣絶せし故、湯屋(ゆうや)の亭主は勿論家内周章(あはて)出てみしに、壹人は女、壹人は男氣絶なしければ、何分わからばこそ、氣附(きつけ)抔あたへ其譯を尋(たづね)ければ、其答も一向わからず。強(しひ)て尋ければ、粂(くめ)の仙痛(せんつう)とゆふべき事と、其所の物わらひと成りし由、人の語りぬ。

 

□やぶちゃん注

○前項連関:医師関連譚で軽く連関。久々の好色譚である。

・「洗湯」銭湯。湯屋(ゆうや)。

・「二階」底本の鈴木氏注に、当時の湯屋の『男湯には二階があって、菓子や茶なを売り、湯女が客の世話をした。(酒は禁制で出せない)』とあり、ウィキの「銭湯」にも、『社交の場として機能しており、落語が行われたこともある。特に男湯の二階には座敷が設けられ、休息所として使われた』とある。当時の『営業時間としては朝から宵のうち』、現在の夜八時頃まで開店していたらしい。また、これも知られたことであるが、こうした男女の湯が分かれているのは必ずしも一般的ではなく、『実際には男女別に浴槽を設定することは経営的に困難であり、老若男女が混浴であった。浴衣のような湯浴み着を着て入浴していたとも言われている。蒸気を逃がさないために入り口は狭く、窓も設けられなかったために場内は暗く、そのために盗難や風紀を乱すような状況も発生した』。寛政三(一七九一)年には『「男女入込禁止令」や後の天保の改革によって混浴が禁止されたが、必ずしも守られなかった。江戸においては隔日もしくは時間を区切って男女を分ける試みは行われた』とある。

・「引窓」屋根の勾配に沿って作った明かり取りの窓。下から綱を引いて戸を開閉する天窓のこと。

・「糸」「引糸」前の引窓の紐のこと。

・「何分わからばこそ」岩波のカリフォルニア大学バークレー校版では、『何分わからず。』となっている。次の注との絡みで、この部分はバークレー校版で訳した。

・「粂の仙痛」岩波のカリフォルニア大学バークレー校版では、『久米野仙庵』で、長谷川氏は久米の仙人の逸話に『医師であるので医師に多い名に似せて仙庵とした』とあるが、こちらではそれに加えて明らかに当時、根岸も患っていた流行病の疝気の「疝痛」をも掛けてあり、しかもこの文脈では「其譯を尋ければ、其答も一向わからず。強て尋ければ」と前にあって、これは「どうして女湯へ落ちたんじゃ? 覗いていたんじゃなかったんかい?!」と問い詰められた医師が、苦し紛れに「……いや、その急に持病の疝痛が起こりまして、二階より、足を踏み外しましたので……」という、如何にもな弁解を聴いて、その場の者が「――ほほう? そりゃまた久米の仙痛さんという訳かい?!」と皮肉って笑い飛ばしたという形になって、より面白い。

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 婦人を出歯亀することに執着(しゅうじゃく)致いたによって怪我を致いた事

 

 下谷辺の医師の由。

 この男、どうにも色好みの度が過ぎた気質ででも御座ったものか、ある時、銭湯から上がって――未だ昼前のことであったと申す――二階に上がり、素っ裸(ぱだか)のまんま、一物に風なんど入れては涼んで御座ったところが、すぐ隣りが女湯で御座って、入湯(にゅうとう)の者も少なく、中には小綺麗なる女が一人、湯桶を脇に置いて、人気もなきと、陰部をあからさまにおっ広(ぴろ)げては、大事丁寧に洗って御座ったを、かの医者、ちらと見て、二階の庇(ひさし)続きの女湯であったがため、その女湯の引き窓の縁に手を掛けて、片手は紐のぶら下った竹枠に手を添えて眺めて居った。

 ところが、どうにもよく見えざれば、思わず、両手でもって引き紐を懸けた竹枠へ倚りかかったところが、

――バキン!

と、美事、竹の折れて、

――グヮラグヮラ! ドッシャン!

と、真っ逆さまに女湯の方(かた)へと落ちてしもうた。

――ギャアッ! ウン!

と、かの女は驚きて気を失のう、

――ウ! ムムッツ! グッフ!

と、医者も、これ、高い所より落ちたばかりか、運悪く、かの女子(おなご)の脇にあった湯桶にそっ首をしたたかに打ったによって、これまた、気絶。

 尋常ならざる物音なればこそ、

「な、何じゃッ!」

と、湯屋(ゆうや)の亭主は勿論のこと、家内の者ども皆、慌てて女湯へと飛び込んで見たところが、

――一人は素っ裸の女

――一人は素っ裸の男

――これ、それぞれ両人、雁首揃えて、気絶して御座る

……一瞬、これ、何が起こったものやら分からず、気付薬なんどを与えて、二人ともようように正気には返った。

 一体、何がどうしたものかと訊いてみても、女子(おなご)勿論、自身、訳も分からざれば、青うなって、はあはあと荒き息をするばかり。……

 男の方に訊ねてみても、これまた、もごもごと訳の分からぬことを呟くばかりで、一向に埒が明かぬ。

 如何にも怪しきは、この男なれば、亭主、さらに責めて糺いたところ、

「……い、痛たたたッ!……わ、我ら、医師で御座る……と、隣の二階にて涼んで御座ったれど……そ、その、じ、持病の、その、そうじゃ、疝痛が、これ、に、にわかに起って御座って、その……」

と、しどろもどろの言い訳をなした。

 されば亭主、横手を打って、

「……ははぁん! さればそれは――粂(くめ)の仙痛――と申すようなものじゃ、のぅ!」

と皮肉ったによって、この医師、そこら辺りにては永いこと、もの笑いの種となって御座った由。

 さる御仁の語って御座った話である。

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