金屬の耳 大手拓次
金屬の耳
わたしの耳は
金絲(きんし)のぬひはくにいろづいて、
鳩のにこ毛のやうな痛みをおぼえる。
わたしの耳は
うすぐろい妖鬼の足にふみにじられて、
石綿(いしわた)のやうにかけおちる。
わたしの耳は
祭壇のなかへおひいれられて、
そこに隱呪をむすぶ金物(かなもの)の像となつた。
わたしの耳は
水仙の風のなかにたつて、
物の招きにさからつてゐる。
[やぶちゃん注:「隱呪」この熟語は辞書に見えないが、密教にあって印を結び、真言を唱えることを「印呪」と言い、また、神道を始め多くの宗教や信仰の中には、秘かに人に見えぬように体の蔭や手の内に隠して印を結ぶことが普通に行われるから、奇異な熟語には私には見えない。すこぶる腑に落ちる用字である。]