栂尾明恵上人伝記 32
或る時上人語りて云はく、今夜夢に予一の世界に往生せり。其の世界の衆生悉く七寶莊嚴(しつぱうしやうごん)の瓔珞(やうらく)奇麗殊妙(きれいしゆめう)なるを以て、其身を莊嚴せり。然るに此を見れば、我が前世に書きて諸人に施與(せよ)せし所の三寶なり。此の國の衆生、前世に皆三寶を持し奉りしに依つて、今併(しかしなが)ら三寶の瓔珞を莊(かざ)りて、其の形うつくしと思ひて、不思議の思ひに住(ぢゆう)して覺(さ)めぬと云々。
[やぶちゃん注:夢記述である。それも明恵はここで別な世界に生まれ変わっている。しかもその世界の人々の、この上もなく美しいその装身具の瓔珞は、なんと、明恵がこの現世で多くの民草に書き与えた三宝で出来ていた、というのである。ここでは少しも明恵は奢っていない。これは殊更に明恵自身の神聖性を称揚する逸話というよりは、寧ろ、こうした夢を誇ることなく、三宝の絶対の功徳の神聖性に感動したことを素直に語っている明恵自身の、確信に満ちた「あるべきようは」=ゾルレンへの信仰告白であると私には思えるのである。]