螢狩 萩原朔太郎 (草稿)
螢狩
御前のくちびるから一疋
フウテン病院の窓から一疋
妹の額から一疋
おばあさんの死□墓場から一疋
室生→犀星エス樣の素足から一疋
魚夜の世界で一疋
ああそしてまあ御覽んごらんよ
2なんといふたくさんの螢だ
1なんといふ可愛い奴らだ
もうどこにも螢は一疋だつて居ない
今夜はよつぴとへ
御前にも
そしてまあ御きゝ
今夜はよつぴとへ
わたしのひとりのある不思議な仕事がある、
わたしと螢 蛍の情熱の瞳だけがそれを知つて居る、
そしてあしたのあさになると
創造
何人も知らない不思議な大仕組の祕密な仕事があるのだ、
御覽ん覽
もうこの世界に螢は居ないのか
[やぶちゃん注:底本『草稿詩篇「拾遺詩篇」』に所収する「螢狩」の草稿。「2」「1」は編集記号ではなく、朔太郎によるナンバリングである。取り消し線は抹消を示し、「→」の末梢部分は、ある語句の明らかな書き換えがともに末梢されたことを示す。「□」は判読不能字。ナンバリング行は私の趣味から言うと「2」だが、詩の繋がりから見ると断然、「1」であろう。試みに「1」を残して抹消部分を消去して示してみよう。
螢狩
御前のくちびるから一疋
フウテン病院の窓から一疋
妹の額から一疋
おばあさんの墓場から一疋
エス樣の素足から一疋
夜の世界で一疋
ごらんよ
なんといふ可愛い奴らだ
もうどこにも一疋だつて居ない
そしてまあ御きゝ
今夜はよつぴとへ
わたしのひとりのある不思議な仕事がある、
何人も知らない大仕組の祕密な仕事があるのだ、
御覽ん
もうこの世界に螢は居ないのか
「よつぴとへ」は一晩中、夜どおしの意の「夜一夜(よっぴとい)」(「夜一夜(よひとよ)」の変化した語。「よっぴと」とも)の転訛。ここでは何より、決定稿のイエスが実は元室生犀星であったというのは、いろいろな意味で興味深いではないか。]
« 螢狩 萩原朔太郎 | トップページ | 本日閉店 »