つめたい春の憂鬱 大手拓次
つめたい春の憂鬱
にほひ袋(ぶくろ)をかくしてゐるやうな春の憂鬱よ、
なぜそんなに わたしのせなかをたたくのか、
うすむらさきのヒヤシンスのなかにひそむ憂鬱よ、
なぜそんなに わたしの胸をかきむしるのか、
ああ、あの好きなともだちはわたしにそむかうとしてゐるではないか、
たんぽぽの穗(ほ)のやうにみだれてくる春の憂鬱よ、
象牙のやうな手(て)でしなをつくるやはらかな春の憂鬱よ、
わたしはくびをかしげて、おまへのするままにまかせてゐる。
つめたい春の憂鬱よ、
なめらかに芽生(めば)えのうへをそよいでは消えてゆく
かなしいかなしいおとづれ。
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