大手拓次氏著「藍色の蟇」 萩原朔太郎
大手拓次氏著「藍色の蟇」
「藍色の蟇」の詩は、全くその作者大手君の特異な性格と、特異な生活とから生れたものであり、その人とその生活を考へないでは、十分に理解ができないやうなものである。
私がその詩集の跋文に書いた通り、この異常な詩人の生涯といふものは、日本人の常識ではちよつと想像できないほど變つたものである。但し表面上の生活としては、彼は十年一日の如くライオン齒磨の本社に出勤し、模範店員としての一生を終つた一サラリイマンにすぎない。
この點から見れば、彼ほど平凡無爲な生活をした詩人は他にないだらう。しかしその内面生活を探る時に、これほどまた異常なロマンチツクな一生を終つた詩人は、かつて日本に類例がないほどである。
最近四十八歳で死んだこの詩人は、その五十に近い晩年まで、生涯を通じてプラトニツクな聖母戀愛をし、對手にさへ祕密にして、苦しい片戀を思ひ續けて居たのである。明けて暮れても、日夜に彼はその戀人の姿を夢に描き、イメーヂの中で接吻したり、抱擁したり、泣いたり、悲しんだり、悶えたりして居たのである。
特に死前四年間の日記は、毎日毎頁、其止みやらぬ悶々の情を繰返し、綿々盡きるなきの恨みを敍べて居たといふに至つては、全く日本人の常軌を逸した西洋人的情熱家であり、カトリツク教的ロマンチストと言はねばならない。(彼は實際にも、生涯を童貞不犯の獨身で終つた。)
彼の異常な詩篇は、すべてかうした生活から生れた情怨の蒼白い火焰であつて、病理學的に觀察しても、ずゐぶん不思議な研究興味になると思ふ。とにかく「藍色の蟇」は、その點の特異性に於て、日本文學史中に無類である。
[やぶちゃん注:昭和一二(一九三七)年四月五日附『東京朝日新聞』に掲載された。大手拓次の詩集「藍色の蟇」(北原白秋の序と萩原朔太郎の跋の他、編者にして装幀者である版画家で大手拓次の友人であった逸見享の「編者の言葉」や死顔のグラビアを附す)は、アルスより昭和一一(一九三六)年十二月三十日に発行されている。しかし――あの――萩原朔太郎に「病理學的に觀察しても、ずゐぶん不思議な研究興味になると思ふ」なんどとは言われたくないね……。]