濕氣の小馬 大手拓次
濕氣の小馬
かなしいではありませんか。
わたしはなんとしてもなみだがながれます。
あの うすいうすい水色をした角をもつ、
小馬のやさしい背にのつて、
わたしは山しぎのやうにやせたからだをまかせてゐます。
わたしがいつも愛してゐるこの小馬は、
ちやうどわたしの心が、はてしないささめ雪のやうにながれてゆくとき、
どこからともなく、わたしのそばへやつてきます。
かなしみにそだてられた小馬の耳は、
うゐきやう色のつゆにぬれ、
かなしみにつつまれた小馬の足は
やはらかな土壤の肌にねむつてゐる。
さうして、かなしみにさそはれる小馬のたてがみは、
おきなぐさの髮のやうにうかんでゐる。
かるいかるい、枯草のそよぎにも似る小馬のすすみは、
あの、ぱらぱらとうつ Timbale(タンバアル) のふしのねにそぞろなみだぐむ。
[やぶちゃん注:「うゐきやう色」「うゐきやう」はフェンネル(Fennel)。セリ目セリ科ウイキョウ Foeniculum vulgare。茴香。花は黄白色であるが、この場合、生薬として知られる実の薄い茶褐色を指しているように私は思われる。
「Timbale(タンバアル)」T先行する「慰安」に既出。フランス語で打楽器のティンパニのこと。ティンパニは英語では“timpani”、本来の語源であるイタリア語では“timpani ”又は“timpano”と綴る。]