白い象の賀宴 萩原朔太郎
白い象の賀宴
香氣をはく無言のとき、
晝閒(ひるま)は羽團扇(はうちは)のやうに物のかげをおひたてて、
なにごともひとつらに足のあゆみを忍ばせる。
この隱密の露臺のみどりのうへに、
年とつた白い象は謙讓の姿をあらはして、
手(て)もない牙(きば)の樂器をかなでる。
女象(めざう)の足は地をふんで、
あやしい舞踏にふけり、
角笛の麻睡はとほくよりおとづれて、
たのしい賀宴の誇りをちらす。
[やぶちゃん注:「麻睡」はママ。
「ひとつら」「一連・一行」で、ひと続きに並ぶさま。一連(ひとつら)なり。一列。
「手もない」特異な用法である。文字通りなら、容易にとか難なくたやすく、若しくはそのままの意の「手も無く」を形容詞とした連体形であるが、用法としては特異で、私は寧ろ、同語又は類似した意味の動詞を並べて強く否定する表現の「ても…ない」の常套例「似ても似つかない」の省略形で、見たこともないような、の意をも(の方を)強く感じる。]