(無題 やぶちゃん仮題「進化論」) 萩原朔太郎 (元始(はぢめ)、人が魚になる、……)
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元始(はぢめ)、人が魚になる、
淫(たの)しい裸體をおよあすための魚になる、
魚が鳥になる、
その紅いあちこちをついばむための鳥になる。
鳥が蛇になる、
しとしとした襟くびに卷きつるむための蛇になる。
蛇が獅子になる。
耐えがたい肉の重みを嚙みしめる淫樂ところの獅子とになる。
獅子が狼になる、
女の、血みどろの裸體(はだか)おんなの。その乳房が。
その心臟が喰べたしといふ。淫心兇器の
淫心兇器の狼となる。
そうして人間の子供が成長し、進化する。
[やぶちゃん注:底本第三巻の「未発表詩篇」に所収。無題。取り消し線は抹消を示す。「ついばむ」「しとしと」の太字は底本では傍点「﹅」。「元始」の読みの「はぢめ」及び「耐え」「おんな」「そうして」はママ。]