黑い手を迎へよ 大手拓次
黑い手を迎へよ
小雨(こさめ)をふらす老樹(らうじゆ)のうつろのなかに
たましひをぬらすともしびうまれ、
野のくらがりにゐざりゆく昆蟲の羽音をつちかふ。
かなしげに身をふるはせる老樹よ、
しろくほうけたる髮もなく、
風のなかによそほひをつくる形(かたち)もなく、
ただ、つみかさなる言葉のみがのつかつてゐる。
老樹はめしひの手をあげてものをささげる。
その手はふくろふの眼のやうにうすぐらく、時として金光(きんくわう)をおび、
さわだてる梢(こずゑ)のいただきにかがやく。
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