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2013/06/09

芥川龍之介「河童」決定稿原稿電子化プロジェクト始動 /「河童」序 《20130611リロード》

芥川龍之介「河童」決定稿原稿を電子化する 藪野直史

 

[やぶちゃん注:私は既に2010年12月に昭和2(1927)年3月発行の『改造』に発表された「河童 附草稿及び『芥川龍之介「河童」やぶちゃんマニアック注釈』の電子化を行っているが、今回は国立図書館蔵の「国立国会図書館デジタル化資料」の自筆原稿(和装。末尾に永見徳太郎筆になる「河童原稿縁起記」一枚を貼付)を独自に視認した電子化テクストを試みる(そこでは芥川龍之介の書き癖なども可能な限り再現するつもりである)。

 判読に際しては、既に『芥川龍之介「河童」やぶちゃんマニアック注釈』にも主要部分を注記引用した岩波書店刊一九七八年刊「芥川龍之介全集 第八巻」の後記に示された異同を一部参考にしたが、あくまで私の視認を第一則とした。同校異に疑義のある場合は逐一補注してある。なお、岩波版の校異は底本とした『改造』初出との異同に限られたものである。例えば、今回最初に手掛けた「序」の削除部分などは、無論、載っていない。

 

 使用原稿は松屋製の20×20=200字詰原稿用紙。25㎝×17.5㎝(底本画像下のスケールで確認)。罫の色はやや明るいロイヤル・ブルー。右下罫外に、

 (SM印  B…1)  10…20

という規格表示があり、左罫外下方に、

 松屋製

と同じ色で印刷されている。因みに、この原稿用紙は芥川龍之介の遺書に用いられたものと同一である。

 各原稿の左罫外の上方に原稿の通し番号(既成アラビア数字の判印)が打たれているが、位置は一定していない(例えば「1」は左罫外の上から4マス目左辺り、「2」は1マスマス目左辺り、「4」は原稿用紙の左罫外上の罫の上方)。なお、この数字を電子化では冒頭に「■原稿1」という風に示すこととする。なお、これと同じ数字が対角線の位置、右罫外下方に外に類を見ない普通の鉛筆による手書きで加えられている。

 更にこの数字の左横若しくは上辺りに、青スタンプで小さく

 改造よ印

とある(この位置も一定しない)。「よ印」の意味は不明。

 以上は、どの原稿にも共通するので、原則として注記しない。

 

 以下、凡例を示す。

一、底本とした画像と照応し易くするため、原稿の1行20字を原則とした。芥川が原稿に書き入れている読みはブログ版では( )で示した。なお、芥川は鍵括弧や丸括弧を1マスとらない癖があったりするため、訂正のない箇所でも単純に20字に一致はしない。

二、漢字のうち、明らかに現在の新字と全く同様と判断したもののみ、新字で示した。迷うものは総て正字で示した。従って現在知られる「河童」の校訂本文とは異なる箇所がある(例えば、芥川は「號」は明確に「号」と書いている)。

三、〈 〉は抹消を示す。

 抹消が数行に続いてなされていると判断される場合は、その初めから最後までを〈 〉で括った。

二、〈 〉の抹消部の中でも、部分的に先立って推敲抹消された箇所は《 》で括った。

三、〈 → 〉は、ある語句の明らかな書き換えが、ともに末梢されたことを示す。

四、ある語句を消去して書き換え、それが決定稿の生きている部分に繋がっている場合、その書き換えた生きている「吹き出しで加えられた推敲の新しいパート」(若しくは削除部の代わりに書かれたと判断される続く本文パート)については、それがなるべく分かるように、その語句を「*」で挟んだ。それが入れ子構造になってしまう場合には、「**」のようにアスタリスクを増やしたもので対応させて挟んで区別した。これは、箇所によっては判断が難しかったので、その範囲について疑義があられる場合は、必ず原本画像を確認されるようお願いする。

五、〔 〕は後から欄外に挿入されたものを示す。

六、判読不能の抹消字は「■」で示した。識者の御教授を乞うものである。

七、私が判読に迷ったものは「?」を附し、判読出来なかった字は抹消字でない場合(無論、活字となっている決定本文ではなく、抹消その他書き入れの判読を指している)は「□」で示した。これも切に識者の御教授を乞うものである。

八、以上の抹消その他の方法に特異な点がある箇所は、なるべく原稿画像を見なくても分るようにその状態を注で解説した。

九、原稿には種々の校正による書き入れや各種指示があるが、これについては可能な限り、当該箇所と書き入れ指示内容を適当と思われる位置に注で示した。

十、注の後は一行空けた。その他にブラウザ上での見易さで行空けした箇所については、注で指示した。

 

 但し、国立国会図書館の蔵書印等は再現していない。因みに「1」にあるそれは、3~4行目欄外から2マス目にかけて、

 方形朱印の『國立國會圖書冠舘藏書』という蔵書印

及び、原稿内右下端1~2行目の19~20マス目に、

 丸型上部に『国立国会』

 中段に『26.3.12』の年月日

 『図書館』とある青い受入印

が打たれている。これは末尾の永見徳太郎「河童原稿縁起記」のクレジットが「昭和二六年春の花咲く頃」とあることからも、

 昭和二六(一九五一)年三月十二日受入

を指すものと考えてよい。

 

 孤独な作業である。牛歩はお許しあれ。

 細かな注で文章が分断されるため、最終的には別に、煩瑣な神経症的注を除去した読み易い通読閲覧用原稿準拠版も供したいと考えている。【作業開始:2013年6月9日】]

 

芥川龍之介「河童」決定稿原稿

 

■原稿1

 

  河  童

   どうか Kappa と發音して下さい。

          芥川龍之介

 

[やぶちゃん注:以下、周辺部の校正記載を示す。

●右罫外1マス目と同位置から赤インクで、

 總八ポ二段廿一行 ルビツキ

とあり、罫外上部右角に同じく赤インクで、

 

とあり(表記通り、鍵括弧状の記号が左下にある)、その左に大きく、右から左に向かって赤インクで、

 カット

とあり、その左には「」の赤印、その左に「黒屋」という校正者と思しい人物の朱の捺印がある。この「カット」は左右下を箱型に赤インクで囲まれており、上部はこの箱型の赤い左右をスラーのように繋げてその上にブルー(青鉛筆と思われる)で左右に線を引き、その上に右から左に、

 三寸五分

と書き、同じく箱型の右外に、

 二寸二分

また、箱型の左外上方に

 よ印

とある(三つともすべて青鉛筆手書き)。

また、左上方20行目真上罫外から左罫外に赤インクで、

 □で

二通

とある(□は判読出来なかった)。

この「望」はカット希望の意味なのかどうかは不明。「よ印」の意味は不明。校正に詳しい方の御教授を乞う。

●「河童」二字下げ行間。字はほぼ行間を含む2行分の4マスを1スペースとしてやや左寄りに大きく書かれている。「童」の字の上部は「立」ではなく、「大」で。「﨑」と「崎」の(つくり)の上部の違いと同様の書き癖で、本文でも拡大して見ると「大」としていることが分かる。左に赤インクで

 ――一――

のポイント指示(校正の決まり。縦書原稿でアラビア数字で「1」と書くと範囲表示のダッシュと判別がつかなくなるため)。

●「どうか Kappa と發音して下さい。」は5字下げ。「Kappa」は3マスに筆記体風(但し、“K”はイタリックで、二つの“p”の間が切れている)で、表記のように前後に半角ほどの余裕を入れて記す。右に、赤インクで、

 ――4――

のポイント指示。これは但し、一回目「4」として抹消、右に「3」として再び抹消して、さらに右に再び「4」とポイントとしてある。

●「芥川龍之介」は11字下げ。右に、

 ――4――

のポイント指示。これは但し、一回目「4」として抹消して「3」としてある。]

 

       序

 

[やぶちゃん注:「序」の字は5行目5字下げ。以下の本文は6行目から始まる。]

 

 これは或精神病院の患者、―――㐧二十三号

が誰にでもしやべる話である。彼はもう三十

を越してゐるであらう。が、一見した所は如

〈何にも若々しい狂人である。《彼の→僕は》彼と向《ひ》かひ

合ったまま、愉快に《夏→夏→初冬》の半日を暮ら〔し〕た。  〉

■原稿2

何にも若々しい狂人である。彼の半生の經驗

は、―――いや、そんなことはどうでも〔善〕い。

〈僕〉**ぢつと兩膝をかかへ、時々窓の外へ目を

やりながら、(鐵格子をはめた窓の外には枯れ

葉さへ見えない樫の木が一本、雪曇りの空に

枝を張つてゐた。)院長のS博士や僕を相手に

長々とこの話をしやべりつづけた。尤も身ぶ

りはしなかつた訣ではない。彼はたとへば「驚

いた」と言ふ時には急に顏をのけ反らせたりし

た。………

[やぶちゃん注:

●芥川は原稿ではダッシュやリーダは概ね3マス「―――」・「………」で用いている。リーダの数は必ずしも一定せず、例えばこの最後のものは13点リーダであるが、「■原稿43」に現われるものは3マス10点リーダである(以下、リーダ数の変化までは述べず、リーダはマス数のみ一致させ、1マスのリーダ数は原稿に関係なく3点リーダとする)。

●多量の抹消部(原稿は波線)を確認出来る。「■原稿1」末の行は残った2マスにも抹消が及んでいることから、当初はここ改行しようとした可能性がすこぶる高いものと考えられる。ところが、ここまで書いてみて、後半が気に入らなくなった。そこで削除が入ったのだが、この削除方法から、また、芥川の極めて緻密な、ある意味ではすこぶる節約的な推敲方法が見えてくるのである。彼は三行目末から始まる「如何にも」の「如」を残して、「■原稿2」の書き出し「何にも……」と絶妙に繋げて訂している点に着目されたい。彼は書き出した冒頭の勢いを大事にしたのであろう、原稿を反故にせずに、かくしているのである。恐らく私を含めて殆どの人は、まず廃棄して全部書き直すであろう。このまま書き直す場合でも、推敲直後に「如」を残して2枚目に繫げるという判断は普通はなかなか出来ない。なぜなら通常人の推敲は――気に入らない部分を思わず先に抹消してしまうことから始めてしまう――からである。芥川は(少なくともここでは)不服な後半を凝っと見つめながら、頭の中で推敲し出来上がった段階で、抹消し、書き入れている点に気づいて戴きたいのである。また、この抹消部は「夏」「夏」「初冬」とエピローグの風景に腐心した跡が見える。決定稿は季節を言わず、直ぐ後の「鐵格子をはめた窓の外には枯れ葉さへ見えない樫の木が一本、雪曇りの空に枝を張つてゐた」として美事な荒涼感を演出した。抹消部のような形で夏、しかも「愉快に夏の半日を暮らした」という話者の何となく悪意に満ちた皮肉が示されていたとしたら、読者の、不思議な主人公(河童国へ行った主人公)へのシンパサイズは、私は著しく低減させられていまい、イントロダクションとしては失敗していただろうと思うのである。

●最後のリーダの2文字には書きかけて消した跡がある。これは彼の癖からいって、改行せず文章を続けようとしたことが明白である。抹消した字は判読出来ないが明らかに次の「■原稿3」段落冒頭の「僕」の字では、ない。]

■原稿3

 僕はかう云ふ彼の話を可〈也■〉*なり*正確に寫した

つもりである。若し又誰か僕の筆記に飽き足

りない人があるとすれば、東京市外××村の

S精神病院を尋ねて見るが善い。年よりも若

い㐧二十三号はまづ丁寧に頭〈を〉**下げ、〈木製の〉*蒲團の*ない

椅子を指さすであらう。それから憂欝な微笑

を浮かべ、〈靜〉**かにこの話を繰り返すで〈■〉あら

う。最後に、―――僕は〈最後に〉*この話*を終つた時の彼

の顏色を覺えてゐる。彼は最後に身を起すが

早いか、忽ち拳骨をふりまはしながら、誰〈に〉**

■原稿4

でもかう怒鳴りつけるで〈せ?〉**らう。―――「出て行

け! この惡黨めが〔!〕。 貴樣も莫迦な、嫉妬深

い、猥褻な、圖々しい、うぬ惚れきった、〈險→隱險?〉**

〈險〉**な、蟲の善い動物なんだらう。出て行

! この惡黨めが!」

[やぶちゃん注:

●「隱險」の字は一字が重なったように圧縮されており、私の判読には疑義を持たれる向きも多いかも知れない。芥川がこの『陰険で残酷な人間全般』の形容部に拘ったことが窺われる。

●以下、5行空白。]

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