僧衣の犬 大手拓次
僧衣の犬
くちぶえのとほざかる森のなかから、
はなすぢのとほつた
ひたひにしわのある犬が
のつそりとあるいてきた。
犬は人間の年寄(としより)のやうに眼をしめらせて、
ながい舌をぬるぬるとして物語つた。
この犬は、
その身にゆつくりとしたねずみいろの僧衣(そうい)をつけてゐた。
犬がながい舌をだして話しかけるとき、
ゆるやかな僧衣(そうい)のすそは閑子鳥(かんこどり)のはねのやうにぱたぱたした。
あかい あかい 火(ひ)のやうな空のわらひ顏、
僧衣(そうい)の犬はひとこゑもほえないで默(だま)つてゐた。