わかれることの寂しさ 大手拓次
わかれることの寂しさ
あの人(ひと)はわたしたちとわかれてゆきました。
わたしはあの人(ひと)を別(べつ)に好(す)いても嫌(きら)つてもゐませんでした。
それだのに、
あの人がわたしたちからはなれてゆくのをみると、
あの人がなじみのやせた顏(かほ)をもつて去(さ)つてゆくのをおもふと、
わけもないものさびしさが
あはくわたしの胸(むね)のそこにながれてゆきます。
人(ひと)の世(よ)の 生(い)きてわかれてゆくながれのさびしさ。
あの人のほのじろい顏も、
なじみの調度(てうど)のなかにもう見えなくなるのかと思ふと、
さだめなくあひ、さだめなくはなれ、
わづかのことばのうちにゆふぐれのささやきをにごした
そのふしぎの時間(じかん)は、
とほくきえてゆくわたしの足(あし)あとを、
鳥(とり)のはねのやうにはたはたと羽(は)ばたきをさせるのです。
[やぶちゃん注:太字「はたはた」は底本では傍点「ヽ」。]