手の色の相 萩原朔太郎
手の色の相
手の相は暴風雨(あらし)のきざはしのまへに、
しづかに物語(ものがた)りをはじめる。
赤はうひごと、
黄はよろこびごと、
紫は知らぬ運動の轉回、
靑は希望のはなれるかたち、
さうして銀(ぎん)と黑(くろ)との手の色は、
いつはりのない狂氣の道すぢを語る。
空にかけのぼるのは銀とひわ色のまざつた色、
あぢさゐ色(いろ)のぼやけた手は扉(とびら)にたつ黄金の王者、
ふかくくぼんだ手のひらに、
星かげのやうなまだらを持つのは死の豫言(よげん)、
栗色(くりいろ)の馬の毛のやうな艷(つや)つぽい手は、
あたらしい僞善(ぎぜん)に耽る人である。
ああ、
どこからともなくわたしをおびやかす
ふるへをののく靑銅の鐘のこゑ。