香料の顏寄せ 大手拓次
香料の顏寄せ
とびたつヒヤシンスの香料、
おもくしづみゆく白ばらの香料、
うづをまくシネラリヤのくさつた香料、
夜(よる)のやみのなかにたちはだかる月下香(テユペルウズ)の香料、
身にしみじみと思ひにふける伊太利の黑百合(くろゆり)の香料、
はなやかな著物をぬぎすてるリラの香料、
泉(いづみ)のやうに涙(なみだ)をふりおとしてひざまづくチユウリツプの香料、
年(とし)の若(わか)さに遍路(へんろ)の旅にたちまよふアマリリスの香料、
友(とも)もなくひとりびとりに戀にやせるアカシヤの香料、
記憶をおしのけて白(しろ)いまぼろしの家をつくる絲杉(シプレ)の香料、
やさしい肌をほのめかして人の心をときめかす鈴蘭の香料。
[やぶちゃん注:「シネラリヤ」キク亜綱キク目キク科キク亜科ペリカリス属シネラリア
Pericallis × hybrida。北アフリカ・カナリヤ諸島原産。冬から早春にかけて開花、品種が多く、花の色も白・靑・ピンクなど多彩。別名フウキギク(富貴菊)・フキザクラ(富貴桜)。英名を“Florist's Cineraria”と言い、現在、園芸店などでサイネリアと表示されるのは英語の原音シネラリアが「死ね」に通じることから忌まれるためである。しかし乍ら、“Cineraria”という語は“cinerarium”、実に「納骨所」の複数形であるから、“Florist's Cineraria”とは「花屋の墓場」という「死の意味」なのである――余りに美しすぎて他の花が売れなくなるからか?
「月下香(テユペルウズ)」「月下香(Tubereuse)の香料」に既注。
「伊太利の黑百合」これは私の憶測であるが(私はフローラ系は守備範囲でない)、所謂、我々の知っているクロユリ(単子葉植物綱ユリ目ユリ科バイモ属クロユリ
Fritillaria
camschatcensis)とは、別な種を指しているように思われる(分布域からみてイタリアには植生しないのではないか)。識者の御教授を乞う。
「絲杉(シプレ)」裸子植物門マツ綱マツ目ヒノキ科イトスギ属
Cupressus。ギリシア神話では美少年キュパリッソスが姿を変えられたのがこの木とされ、また、イエス・キリストが磔にされた十字架はイトスギで作られたものという伝説がある。花言葉は死・哀悼・絶望。欧米では上記のキュパリッソスの逸話から、死や喪の象徴とされる。文化や宗教との関係が深く、古代エジプトや古代ローマでは神聖な木として崇拝されていたほか、キプロス(Kypros 英語:Cyprus)島の語源になったともされる。イタリアイトスギ
Cupressus sempervirens から精製した香料はウッディーで軽いスパイシー感を持ち、主に男性用香水として用いられる(ウィキの「イトスギ」を一部参照した)。]