鈴蘭の香料 大手拓次
鈴蘭の香料
みどりのくものなかにすむ魚(うを)のあしおと、
過去のとびらに名殘(なごり)の接吻(ベエゼ)をするみだれ髮(がみ)、
うきあがる紫紺(しこん)のつばさ、
思ひにふける女鳥(をんなどり)はよろめいた。
まつさをな鉤(かぎ)をひらめかし、
とほくたましひの宿(やど)をさそふ女鳥(をんなどり)、
もやもやとしたなやましいおまへの言葉の好(この)ましさ、
しろい月のやうにわたしのからだをとりまくおまへのことば、
霧(きり)のこい夏(なつ)の夜(よ)のけむりのやうに、
つよくつよくからみつく香(にほひ)のことばは、
わたしのからだにしなしなとふるへついてゐる。
[やぶちゃん注:太字「しなしな」は底本では傍点「ヽ」。]