耳嚢 巻之七 打身くじきの妙藥の事
打身くじきの妙藥の事
櫻の葉を摺りて燒酎にてねり痛(いたむ)所へ塗(ぬり)、能(よく)かはかし、又乾けば又ぬるに、忽(たちまち)に快驗をする事也。栗原翁しれる者、荷をかつぎ薪の間(あひだへ)倒れ、惣身を打候哉(や)存外なやみける也。田舍より來ぬる老人、夫(それ)はかくかくなせば宜敷(よろしき)とて即座に其效を現はせしと語りぬ。櫻の葉なき時は皮を粉にして用(もちゐ)る也と言(いふ)。
□やぶちゃん注
○前項連関:特になし。民間療法シリーズ。本文には「櫻の葉」が出、後に「皮」でもよいとあるが、皮は古来、「桜皮(おうひ)」と呼ばれて漢方薬として用いられてきた。漢方系サイトの記載によれば、六~七月頃にサクラの樹皮を剝したものを乾燥したり、日干しにして生薬として市販されているとある。「桜皮」にはタンニンやサクラニン(Sakuranin:フラボノイドの一種。)が含まれており、腫れ物・蕁麻疹・水虫・二日酔・皮膚病・肩こりなどに効果があるとある。特に湿疹では患部に塗ると効果があるとあり、本記載とは異なり、多くは皮膚疾患の効能を謳っている。
・「又乾けば又ぬるに」病態と効果から考えて、重ね塗りではなく、乾燥して剥離したら、の謂いであろう。
・「栗原翁」このところ御用達の「卷之四」の「疱瘡神狆に恐れし事」の条に『軍書を讀て世の中を咄し歩行ありく栗原幸十郎と言る浪人』とある栗原幸十郎と同一人物であろう。根岸のネットワークの中でもアクテイヴな情報屋で、既に何度も登場している。
■やぶちゃん現代語訳
打身・挫きの妙薬の事
桜の葉を摺(す)って焼酎を用いて練り、痛む箇所へ塗って、よく乾燥させ、それが十分に乾いて剥離したら、再び、同じ箇所に塗る。すると、即座に快癒するということで御座る。
例の栗原翁――彼の知人の者、荷を担いだままに積み置かれた薪の山の中へ倒れ込んで、全身をしたたか打ったとかで、殊の外、痛みを訴えて御座ったところ、さる田舍より出でて御座った老人が、
「それは、桜の葉を以ってかくなさば、よろしゅう御座る。」
と申したによって、言われた通りになしたところが、即座にその効果が現われた――と語って御座った。
時節柄、桜の葉が散ってなき時には、桜の樹皮を剝して粉とし、処方致いてもよい、とのことで御座る。