小用してゐる月 大手拓次
小用してゐる月
濃(こ)いみどりいろの香水(かうすゐ)のびん、
きもちのいい細長(ほそなが)いこのびんのほとりに、
すひよせられてうつとりとゆめをみるなまけもの。
びんのあをさは月のいろ、
びんのあをさは小用(こよう)してゐる月のしかめづら、
びんのあをさは野菜畑(やさいばたけ)の月のいろ、
ねむさうなあかい眼をしてあるく月のいろ、
びんのあをさは胡弓(こきう)のねいろ、
びんのあをさは小魚(こうを)の背(せ)につく虫(むし)のうた、
びんのなかには
Jacinthe (ジヤサント)の
つよいかをりが死のをどりををどつてゐる。
[やぶちゃん注:「Jacinthe (ジヤサント)」フランス語でヒヤシンスのこと。女性名詞。単子葉植物綱ユリ目ユリ科ヒヤシンス Hyacinthus orientalis。ヒアシンスの名はギリシャ神話の美青年ヒュアキントスに由来する。同性愛者であった彼は、愛する医学の神アポロンと一緒に円盤投げに興じていたが、その楽しそうな様子を見ていた、やはりヒュアキントスに恋慕していた西風の神ゼピュロスが嫉妬して風を起こし、アポロンが投げた円盤はそれに煽られてヒュアキントスの額を直撃、亡くなってしまう。その時、流れた大量の血からヒヤシンスは生まれたとされる。花言葉は「悲しみを超えた愛」(以上はウィキの「ヒアシンス」に拠った)。]