指頭の妖怪 大手拓次
指頭の妖怪
あをじろむ指のさきから、
小鳥がまひたつてゆく。
ぎらぎらにくもる地面(ぢめん)の床(とこ)のうへに、
片足でおとろへはてながら、
うづまきながらのしかかつてくる。
まつくろな蛇の腹のやうな太鼓のおとが
ぼろんぼろんとなげくのだ。
わたしのあをじろむ指のさきからにげてゆく月夜の雨、
毛ばだつた秋の果物(くだもの)のやうな
ふといぬめぬめとした頸(くび)をねぢらせ、
なまめく頸をねぢらせ、
秋のこゑをつぶやき、
秋のつめたさをおさへつける。
ぼろんぼろんとやぶれた魂の絲をかきならし、
熱く、ものうく、身をかきむしつて、
さびしい秋のつめたさをおさへつける。
まがりくねつた この秋のさびしさを、
あやしくふりむけるお前のなまなましい頸のうめきに、
たよりなくもとほざけるのだ。
しろくひかる粘液をひいて、
うねりをうつお前の頸に
なげつけられた言葉の世にも稀なにほひ。
ぼろんぼろんと
わたしの遠耳にきこえてくるあやしい太鼓のおと。
[やぶちゃん注:太字「ぬめぬめ」は底本では傍点「ヽ」。]
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