明恵上人夢記 18
18
一、同、中納言の阿闍梨、歡喜之相を含みて共に歡樂すと云々。
[やぶちゃん注:「同」は「17」に続くこと、「19」に「同十四日」とあることから、「17」に次いで、元久二(一二〇五)年の十月十一日に見た二番目の夢か、若しくは十二日か十三日の何れかの日を失念したものかと思われる。「17」に次いで同日中に見たとすれば、その関連性が考察される必要はあろう。私は書き方からみて、二番目と採る。
「中納言の阿闍梨」不詳。明恵も顔を出す中里介山の「法然行伝」に「中納言阿闍梨尋玄(じんげん)」なる人物が登場する。これは「法然上人行状画図」の第八巻に(引用は浄土宗林宗院公式サイトの「経蔵」にある「法然上人行状画図」から恣意的に正字化して引用させて戴いた)、
上人元久二年正月一日より、靈山寺にして、三十七日の別時念佛をはじめ給ふに、燈なくして光明あり、第五夜にいたりて、行道するに、勢至菩薩、おなじく列にたちて、行道し給ひけり。法蓮房夢の如くに、これを拜す。上人に、このよしを申に、さる事侍らんと答給。餘人はさらに拜せず。
同年四月五日、上人月輪殿に、まいり給て、數尅御法談ありけり。退出のとき、禪閤庭上にくづれおりさせ給て、上人を禮拜し、御ひたひを、地につけて、やゝひさしくありて、おきさせ給へり。御涙にむせびて、仰られていはく、上人地をはなれて、虚空に蓮花をふみ、うしろに頭光現じて、出給つるをば見ずやと。右京權大夫入道(法名戒心)中納言阿闍梨尋玄(號本蓮房)二人御前に候ひける。みな見たてまつらざるよしを申。池の橋をわたり給ひけるほどに、頭光現じけるによりて、かの橋をば頭光の橋とぞ、申ける。もとより、御歸依ふかゝりけるにこの後は、いよいよ佛のごとくにぞ、うやまひたてまつられける。
とあるのに基づくものであろう。まさに元久二年、この人物と見て間違いあるまい。但し、当該人物が如何なる御仁かは調べ得なかった。識者の御教授を乞うものである。]
■やぶちゃん現代語訳
18
一、同十一日、続けて見た二つ目の夢。
「中納言の阿闍梨様が、如何にも歓喜満面という御尊顔で、この私と楽しそうに談笑なさっておられる。……」

