中島敦 孟浩然「早寒江上有懷」訳詩
雁も去り木の葉も落ちぬ
水の上の風の寒さや
ふるさとの雲も離(さか)りて
あはれわが棚無小舟
水と空相合ふあたり
涙のせ流れ行くかな。
日もゆふべ。いづこぞこゝは。
見はるかす海ははるばる。
早寒江上有懷
木落雁南渡
北風江上寒
我家襄水曲
遙隔楚雲端
郷涙客中盡
孤帆天際看
迷津欲有問
平海夕漫漫
孟浩然
[やぶちゃん注:「棚無小舟」「たななしをぶね」と読む。「棚」は船棚(ふなだな)・舷側板(げんそくばん)のことを指す(これは和船の船首から船尾に通す長く厚い板材以外の船の舷側に装着する船板を指す)ので、それがない小船とは造船技術史的には単材の丸木船(一枚棚の小舟)を指すことになる。
この詩については底本解題に以下のような解説がある。部分的に引用する。
《引用開始》
一の孟浩然「早寒江上有懷」の譯詩は、別に岩田一男藏の『唐詩選』に插し込んであつた紙片にも見られ、それによると第4行目と第5行目とは入れ替つてゐて、「水と空相會ふあたり/あはれ わが棚無小舟」となつてゐる。この『唐詩選』は岩田氏が昭和十三年小樽高商赴任の際、送別の記念に中島より送られたものである。
《引用終了》
因みに、この岩田一男氏は、私も高校時代にお世話になった光文社カッパ・ブックス(一九六九年刊)の「英単語記憶術」の、あの英文学者の岩田一男である。岩田一男(明治四三(一九一〇)年~昭和五二(一九七七)年)は横浜生。東京外国語学校英文科卒。横浜高等女学校(現在の横浜学園高等学校)教諭から小樽高等商業学校(現在の小樽商科大学)教授となり、その後、一橋大学教授となった。横浜高等女学校時代には中島敦の同僚であった(以上はウィキの「岩田一男」に拠る)。]