幼なき妹に 萩原朔太郎
幼なき妹に
いもうとよ、
そのいぢらしき顏をあげ。
みよ兄は手に水桃(みづもゝ)をささげもち、
いつさんにきみがかたへにしたひよる、
この東京の日くれどき、
兄の戀魚は靑らみてゆきて、
日毎にいたみしたゝり、
いまいきもたえだえ、
あい子よ、
ふたり哀しき日のしたに、
ひとしれず草木(そうもく)の種を研ぐとても、
さびしきはげに我等の素脚ならずや。
ああいとけなきおんみよ。
―一九一四、五、三―
[やぶちゃん注:『創作』第四巻第六号・大正三(一九一四)年六月号に掲載。]