憐れみ讚ふるの歌 17首 中島敦
憐れみ讚ふるの歌
ぬばたまの宇宙の闇に一ところ明るきものあり人類の文化
玄々(げんげん)たる太沖(たいちゆう)の中に一ところ温(あたた)かきものありこの地球(ほし)の上に
[やぶちゃん注:「太沖」「荘子」内篇「応帝王篇」に「太沖莫勝(たいちゅうばくしょう)」という語があり、これは価値差別対立闘争の一切無い虚無の相をいう。]
おしなべて暗昧(くら)きが中に燦然と人類の叡智光るたふとし
この地球(ほし)の人類(ひと)の文化の明るさよ背後(そがひ)の闇に浮出て美し
たとふれば鑛脈(くわうみやく)にひそむ琅玕(らうかん)か愚昧の中に叡智光れる
[やぶちゃん注:「琅玕」暗緑色又は青碧色の半透明の硬玉。]
幾萬年人生(あ)れ繼ぎて築(きづ)きてしバベルの塔の崩れむ日はも
人間の夢も愛情(なさけ)も亡びなむこの地球(ほし)の運命(さだめ)かなしと思ふ
學問や藝術(たくみ)や叡智(ちゑ)や戀愛情(こひなさけ)この美しきもの亡びむあはれ
いつか來む滅亡(ほろび)知れれば人間(ひと)の生命(いのち)いや美しく生きむとするか
みづからの運命(さだめ)知りつゝなほ高く上(のぼ)らむとする人間(ひと)よ切なし
弱き蘆弱きがまゝに美しく伸びんとするを見れば切なしや
人類の滅亡(ほろび)の前に凝然と懼れはせねど哀しかりけり
しかすがになほ我はこの生を愛す喘息の夜の若しかりとも
[やぶちゃん注:「しかすがに」然すがに。副詞(副詞「しか」+サ変動詞「す」+接続助詞「がに」が元とされる)そうはいうものの。そうではあるが。]
あるがまゝ醜きがまゝに人生を愛せむと思ふ他(ほか)に途(みち)なし
ありのまゝこの人生を愛し行かむこの心よしと頷きにけり
我は知るゲエテ・プラトン惡(あ)しき世に美しき生命(いのち)生きにけらずや
吃(きつ)として霜柱踏みて思ふこと電光影裡(でんくわうえいり)如何に生きむぞ
[やぶちゃん注:「和歌(うた)でない歌(うた)」歌群の十七首。]
« 純粹詩としての新古今集 萩原朔太郎 | トップページ | 大橋左狂「現在の鎌倉」 17 光明寺から由比ヶ浜を中心とした観光の梗概 »

