石とならまほしき夜の歌 八首他二首 中島敦
石とならまほしき夜の歌 八首
石となれ石は怖れも苦しみも憤(いか)りもなけむはや石となれ
我はもや石とならむず石となりて冷たき海を沈み行かばや
氷雨降り狐火燃えむ冬の夜にわれ石となる黑き小石に
眼(め)瞑(と)づれば氷の上を凪が吹く我ほ石となりて轉(まろ)びて行くを
腐れたる魚(うを)のまなこは光なし石となる日を待ちて我がゐる
[やぶちゃん注:太字「まなこ」は底本では傍点「ヽ」。]
たまきはるいのち寂しく見つめけり冷たき星の上にわれはゐる
あな暗(くら)や冷たき風がゆるく吹く我は墮ち行くも隕石のごと
なめくぢか蛭のたぐひかぬばたまの夜の闇處(くらど)にうごめき哂(わら)ふ
また同じき夜によめる歌 二首
ひたぶるに凝師視(みつ)めてあれば卒然(そつぜん)として距離の觀念失(な)くなりにけり
大小(だいせう)も遠近(ゑんきん)もなくほうけたり未生(みしやう)の我(われ)や斯くてありけむ
[やぶちゃん注:「和歌(うた)でない歌(うた)」歌群内の十首。]
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