山に登る 萩原朔太郎 (初出形)
山に登る
旅よりある女に送る
山の山頂にきれいな草むらがある
その上でわたしたちはねころんでゐた
眼をあげてとほい麓の方を眺めると
いちめんにひろびろとした海の景色のやうにおもはれた
空には風がながれてゐる
おれは小石をひろつて口にあてながら
どこといふあてもなしに
ぼうぼうとした山の頂上をあるいてゐた
おれはいまでも、お前のことを思つてゐるのである
詩集「月に吠える」より
[やぶちゃん注:『感情』第二年一月号・大正六(一九一七)年一月号に掲載された。末尾にかくあるが、感情詩社・白日社出版部共刊の詩集「月に吠える」初版刊行は大正六(一九一七)年二月である。これは言わば、詩集が公刊される前のフライング公開である。なお、同詩集では、
山に登る
旅よりある女に贈る
山の山頂にきれいな草むらがある、
その上でわたしたちは寢ころんで居た。
眼をあげてとほい麓の方を眺めると、
いちめんにひろびろとした海の景色のやうにおもはれた。
空には風がながれてゐる、
おれは小石をひろつて口(くち)にあてながら、
どこといふあてもなしに、
ぼうぼうとした山の頂上をあるいてゐた、
おれはいまでも、お前のことを思つてゐるのである。
と表記されている。これ以降の詩集類でも更に一部表記の改変がなされているが、最早それら改作されたものに私は興味がない。これは私の感懐であると同時に、皮肉の意を込めて言うなら、既に萩原朔太郎自身の「自作詩の改作について」での見解にもよるものである、ということを断っておく。]
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