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2013/06/09

耳嚢 巻之七 溺死の者を助る奇藥の事

 溺死の者を助る奇藥の事

 栗原翁の先人旅行の筋、天流川の河端に溺死の者有(あり)し由にて立騷ぐ故、其所へ至りてみれば、大の男絶死の樣子故、不便の事ととりどり囁やきける所へ、所の老人來り、其邊の畑に有しねぎを以て鼻の中をつきて見けるに、是は助(たすか)るべし迚、何歟(なにか)黑燒を口へつき込しに、水を吐(はき)て息出し故助(たすかり)しとなん。是栗原子見て、右老人を其泊りの旅宿へ招き、右の藥の法を乞(こひ)しに、始はいなみけるが、下﨟(げらう)故(ゆへ)流石(さすが)金三兩與へければ傳授しけると也。其藥用(もちゐる)事、葱にて鼻の中を宜(よく)見て、其先に血付候て右藥を用ゆべし。若(もし)血出ざれば用ひて益なしと彼(かの)老人語りしと也。右藥を今の栗原子貯へ居(をり)しに、門前を大の男水死して口抔明(あけ)、絶命と見へしと、兩人にて荷ひ、母と見へて女跡より泣(なき)ながら來るを見て、立添ふ者に知人有(ある)ゆへ聲をかけて尋(たづね)ければ、水泳して溺死せし由、早速呼入(よびいれ)て右の法に療治ければ、葱の先に血付ければ彼藥を與へければ息出しとて追々(おひおひ)の知らせにて、翌日は厚禮をなして、一族來り謝しけると也。右法を切に需(もとめ)ければ、左の通(とおり)別記なり。〔是は追寫すよし。原本に不見(みえず)。〕

□やぶちゃん注
○前項連関:民間療法第三弾。二つ前から栗原翁の直談でも連関。それにしても旅先でぽんと三両出すところなど、軍書読みの栗原翁の父というこの人物、これ相応に裕福な者であったものと思われる。これを読んで思い出したのは、上野正彦「死体は語る」(一九八九年時事通信刊)にあった「耳の奥の頭蓋底の部分に、中耳や内耳をとり囲む錐体という骨があり、溺死の際にその骨の中に出血が生じていることがわかった。錐体内出血である。溺死の五~六割に見られる特有の所見」という記載である。但し、これは例えば鼻から水が入った場合に耳管の反応が間に合わず、耳管から中耳に水が入ってしまい、入った水によって中耳内圧力が急激に上がって壁が押しつぶされて内出血を起こし、その出血によって平衡を掌る三半規管が機能低下を生じて眩暈等を起こし、溺れてしまうという因果関係の中での出血である(但し、錐体内出血は必ずしも溺死体特有のものではない)。
・「天流川」天竜川で採って訳した。
・「是は追寫すよし。原本に不見(みえず)」以下、記載なし。岩波版長谷川氏注にも、『底本別記なし。集成本にもなし』とある。これは「耳嚢」の書写担当者の添書きであろう。根岸は後から書き写して貼付するつもりであったのをし忘れたもの、と解釈しておく。

■やぶちゃん現代語訳

 溺死の者を助くる奇薬の事

 栗原翁の父君(ふくん)がかつて旅行の途次、天竜川の川端にて、溺死者が出た由にて立ち騒いで御座ったゆえ、そこへ行ってみると、これ、大の男が既に息絶えた様子で横たわっておったによって、野次馬連中も三々五々、可哀そうになんどと囁やき合って御座った所へ、在の老人がやって参り、その辺りの畑に植えてあった葱を引き抜いて、それを以って鼻の中を突き、何かを調べたかと思うと、
「――これは助るであろう。」
と申し、何かの黒焼きを口へ突っ込んだところ、水を吐いて息を吹き返したゆえ、助かった。
 これを栗原殿、見て、その老人を自身がお泊りになっておられた旅宿へと招き、その薬の製法を乞うた。
 始めは断ったものの、身分賤しき者でござったゆえ、流石に金三両をその老人の前に並べたところが、伝授し呉れた、とのことで御座った。
「……この薬を用いる際には、葱を以って溺れて意識を喪(うしの)うておる者の、鼻の中へと差し入れ、それを引き出だいて、よくよく調べて見――その葱の先に血が付いて御座った時のみ――この薬を用いるのがよう御座る。もし血が出でておらねば、最早、これを用いても効果は御座らぬ。――土左衛門――で御座る。」
と、その老人は語ったとのことで御座った。
 この薬を現在の子の栗原氏も貯えておらるる由。
 そんなある日のこと、その今の栗原氏の屋敷門前を、大の男の水死せしとて、口なんども力なく大きに開けて、最早、絶命と見ゆるのを、二人して担ぎ、母親と思しい女、その後より泣きながら来たるを、栗原翁たまたま見たところが、その母らしい人に付き添って御座った者の中に、知り人の御座ったによって、
「如何致いた?」
と声をかけて尋ねたところが、
「……水泳の最中に……溺死致いて……」
との由なれば、早速に屋敷内へと呼び入れ、かの法にて療治致いたところ、ぐっと差し入れた葱の先には、確かにこれ、血の付いて御座ったゆえ、かの家伝の薬を与えて、帰した。
 しばらく致いた頃、
「息を吹き返しまして御座る!」
とのこと。次第に快方に向かっておるとの度々の知らせをも受け、翌日には厚き礼を携えて、一族郎党、栗原翁の元へ参じて、拝謝致いたとのことで御座った。
 その施法を私も切(せち)に求めたところ、栗原翁の教えて呉れたは、左に記す通り。別に仔細の診断・施術・処方の記も御座る。〔書写担当者注:これは「追って引き写す」という意味であろう。しかしながら、筆写した「耳嚢」の原本には一切、見当らなかった。〕

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