鏡にうつる裸體 大手拓次
鏡にうつる裸體
鏡(かがみ)のおもてに
魚(うを)のやうに ゆらゆらとうごくしろいもの、
まるいもの、ふといもの、ぬらぬらするもの、べつたりとすひつきさうなもの、
夜(よる)の花びらのやうに なよなよとおよぐもの、さては、うすあかいけもののやうに
のつぺりとしてわらひかけるもの。
ひろい鏡のおもてに
ゆきちがひ、すれちがひ、からみあふもの、
くづれちる もくれんの花のやうに
どろどろに みだれて悲しさをいたはり、
もうもうとのぼるかげろふの靑(あを)みのなかに、
つつみきれない肉のよろこびを咲きほこらせる。
ああ、みだれみだれて うつる白いけむりの肉、
ぼつてりとくびれて、ふくふくともりあがる肉の雨だれ、
ばらいろの蛇、みどり色の犬、
ぬれたやうにひかるあつたかい女のからだ、
ぷつくりとゑみわれる ぼたんの花、
かげはかげを追ひ、
ひかりはひかりをはしらせ、
つゆをふくんでまつくろなゆめをはらませるもの
につちやりと、うたれたやうな音をたてて、
なまめかしいこゑをもらす白いおもいもの、
あのふくれた腹をごらんなさい、
うう、ううとけもののうめきにも似て命をさそふ嘆息のエメロード、
まるくつて、まるくつて、
こりこりと すばやく あけぼのの霧をよぶやうなすずしいもも、
よれよれにからみつく乳房のあはあはしさ、
こほろぎのなくやうに 溶(と)けてゆく
足の指のうるはしさ、
…………………………。
くるぶしはやはらかくゆらめいて
あまく、あまくわたしの耳をうつ。
[やぶちゃん注:「エメロード」フランス語“emeraude”。エメラルド、エメラルド色のことであるが、ここでは鮮緑色の色のイメージと読む。
後ろから三行目のリーダ数は二十七。但し、底本の見た目の配置(両行と比較した長さ)に近づけるためにポイント数を落として示してある。
さりながら、私はこの詩をデユシャンに読ませたい気がする、さえも……]