盲目の鴉 大手拓次
盲目の鴉
うすももいろの瑪瑙の香爐から
あやしくみなぎるけむりはたちのぼり、
かすかに迷ふ茶色の蛾は
そこに白い腹をみせてたふれ死ぬ。
秋はかうしてわたしたちの胸のなかへ
おともないとむらひのやうにやつてきた。
しろくわらふ秋のつめたいくもり日(び)に、
めくら鴉(がらす)は枝から枝へ啼いてあるいていつた。
裂かれたやうな眼がしらの鴉よ、
あぢさゐの花のやうにさまざまの雲をうつす鴉(からす)の眼よ、
くびられたやうに啼きだすお前のこゑは秋の木(こ)の葉(は)をさへちぢれさせる。
お前のこゑのなかからは、
まつかなけしの花がとびだしてくる。
うすにごる靑磁の皿のうへにもられた兎(うさぎ)の肉をきれぎれに嚙む心地にて、
お前のこゑはまぼろしの地面に生える雜草(ざつさう)である。
羽根をひろげ、爪(つめ)をかき、くちばしをさぐつて、
枝から枝へあるいてゆくめくら鴉(がらす)は、
げえを げえを とおほごゑにしぼりないてゐる。
無限につながる闇の宮殿のなかに、
あをじろくほとばしるいなづまのやうに
めくら鴉(がらす)のなきごゑは げえを げえを げえをとひびいてくる。
[やぶちゃん注:太字「げえを」は底本では傍点「ヽ」。]