香料の墓場 大手拓次
香料の墓場
けむりのなかに、
霧(きり)のなかに、
うれひをなげすてる香料の墓場、
幻想をはらむ香料の墓場、
その墓場には鳥(とり)の生(い)き羽(ばね)のやうに亡骸(なきがら)の言葉がにほつてゐる。
香料の肌のぬくみ、
香料の骨のきしめき、
香料の息(いき)のときめき、
香料のうぶ毛のなまめき、
香料の物言ひぶりのあだつぽさ、
香料の身振(みぶ)りのながしめ、
香料の髮のふくらみ、
香料の眼にたまる有情(うじやう)の涙、
雨のやうにとつぷりと濡(ぬ)れた香料の墓場から、
いろめくさまざまの姿はあらはれ、
すたれゆく生物(いきもの)のほのほはもえたち、
出家した女の移り香をただよはせ、
過去へとびさる小鳥の羽(はね)をつらぬく。