河馬の歌(12首) 中島敦
[やぶちゃん注:以下の「河馬」歌群は動物園での嘱目吟の連作であるが、横浜高等女学校の東京都恩賜上野動物園への社会見学の可能性を私は考えている(但し、昭和一二年以前の中島敦の手帳日記にはそうした事実は今のところ、発見出来ずにいる)。なお、本カテゴリの最初の注でも述べたが、底本の解題によればこれに限らず中島敦のこれらの歌稿の大半は、驚くべきことに昭和一二(一九三七)年十一月初旬から同十二月中旬にかけて一気になったもの、とある。因みにこの翌昭和一三年に、上野動物園では日本初のカバの繁殖に成功している。掲げた写真は中国在住の教え子が撮った上海動物園の河馬である。すこぶる迫力がある。中島敦も併載を喜んで呉れること請け合いである。
なお、本歌稿の嘱目時の情景を小説化したと思われる草稿が、底本全集第三巻の「ノート・斷片」の「ノート 第五」に見出せるので以下に引用しておく。取消線は抹消を示す。
動物園 象の前にも河馬の前にも、呆氣にとられたまゝ三十分以上立ちつくす、匆々に彼の手を引張つてにげ出した。チンパンジーの前でに立つて、ゲラゲラ笑ひ乍ら出す。チンパンジーは横になつたまゝ、横目で彼の方にぢつと視線を注いでゐる。如何にも賢者らしげな愼重な目付で、ゲラく笑つてゐる異樣な人間を見てゐる、この二つを並べて見てゐる中に何だか變な気がして來た。氣が付くと、檻の前の見物人はどうやら、肝心のチンパンジーよりも、それを見てゐる彼の方を眺めて笑つてゐるやうだ。彼と並んで立つてゐる私も衆人のワラヒの視線にさらされてゐたことは勿論である。
標題の「動物園」の太字はママ。「ゲラゲラ」の後半は底本では踊り字「〱」。なお、解題によると、このノートには「註解東京見聞錄」(「註解」の字は右から左への横書きでポイント落ち)という表題が記されているものの、それらしきものはこの引用部分(底本指示標記で同ノートの『第二十一丁裏』相当部)に『一箇所書き込まれてゐるのみである』とある。]
河馬の歌
うす紅くおほに開(ひら)ける河馬の口にキャベツ落ち込み行方知らずも
ぽつかりと水に浮きゐる河馬の顏郷愁(ノスタルヂア)も知らぬげに見ゆ
この河馬にも機嫌不機嫌ありといへばをかしけれどもなにか笑へず
赤黒きタンクの如く竝びゐる河馬の牝牡(めすをす)われは知らずも
水の上に耳と目とのみ覗きゐていぢらしと見つその小さきを
[やぶちゃん注:ここに一行行空け有り。]
わが前に巨(おほ)き河馬の尻むくつけく泰然として動かざりけり
無禮(なめ)げにも我が眼(め)の前にひろごれる河馬の臀(ゐしき)のあなむくむくし
[やぶちゃん注:「臀(ゐしき)」「居敷き」とも書き、①座。座る場所。座席。② 尻(しり。無論、ここは尻の意。次の句の「ゐさらひ(いさらい)」(「いざらい」とも)同じく尻の意。「むくむくし」の後半の「むく」は底本では踊り字「〱」。]
臀(ゐさらひ)のたゞ中にして三角の尻尾かはゆし油揚のごと
これやこのナイルの河のならはしか我に尻向け河馬は糞(まり)する
事終り小さき尻尾がパシヤパシヤと尻を叩きぬ動きこまかに
[やぶちゃん注:「パシヤパシヤ」の後半は底本では踊り字「〱」。]
丘のごと盛上(もりあが)る尻をかつがつも支へて立てる足の短かさ
[やぶちゃん注:「かつがつ」の後半は底本では踊り字「〲」。「かつがつ」は「且つ且つ」で、少しずつ、ぼつぼつと、の意。]
三角の尻尾の先端(さき)ゆ濁る水のまだ滴(したた)りて河馬は動かず
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共時的に創作された可能性がある漢詩、「春河馬」二首がある(リンク先は僕の「中島敦漢詩全集 附やぶちゃん+T.S.君共評釈」の当該詩評釈)。


