仔山羊の歌 四首 中島敦 / 「河馬」歌群掉尾
仔山羊の歌
熱川(あたがは)の浜に
一匹の仔山羊あり
海に向ひてしきりに啼く
その聲あはれなりければ
荒濱に仔山羊が一つ啼きてをりあはれ仔山羊は何を欲(ほ)りする
大島も黑雲がくり隱れけり仔山羊は何を見らむとすらむ
曇り日の海に向ひて立ち啼ける仔山羊は未だ角みじかかり
潮風にみじかき髯を吹かせゐる仔山羊の眼ぬち哀しと思ふ
[やぶちゃん注:「河馬」歌群の掉尾。詞書は底本では六字下げで一行に続けて書くが、ブログでは何行にもなってしまうため、恣意的に行分けして示した。昭和十二年に熱川に行った記載は手帳日記にはない。「鵜の歌」の私の注の推定からは、やはり四月四日(日)の条に『夕方、熱海ニ行ク』が気になるが、翌日の帰浜であり、一泊二日で熱海から稲取・熱川まで足を延ばしたというのは当時の交通事情から考えると、やや無理があるか。
「ぬち」連語(格助詞「の」+名詞「内(うち)」の付いた「のうち」の音変化)で~の内、の意。]
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