眠り獅子の歌 六首 中島敦
眠り獅子の歌
何時(いつ)見ても眠るよりほかにすべもなきライオンの身を憐れみにけり
埒(らち)もなき狀(ざま)にあらずや百獸の王の日向に眠れる見れば
うとうとと眠れる獅子の足裏(あなうら)に觸れて見たしとふと思ひけり
海越えてエチオピアより來しといふこのライオンも眠りたりけり
うつゝなき夫(せ)の鼻先に尻を向けこれも眠れり牝(めす)のライオン
汝(な)が國の皇帝(みかど)もすでに蒙塵(もうぢん)と知らでや專(もは)ら獅子眠りゐる
[やぶちゃん注:「河馬」歌群の一。
「うとうと」の後半は底本では踊り字「〱」。
「汝が國の皇帝もすでに蒙塵」本歌稿の成立は昭和一二(一九三七)年年末と推定されているが(底本解題)、前年の一九三六年、エチオピアはイタリアに侵攻され、当時の皇帝ハイレ・セラシエ一世(Haile Selassie I 一八九二年~一九七五年)はイギリスに亡命していた(一九四一年にイギリス軍に解放されて復帰)。]
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